罪名、あいしてる






 あおい瞳がうつろに染まるのは、そう時間のかかるものではなかった。
 厳つい体つきの弟を手招きし、キス。甘くとろけたらもっと優しく熱烈な口付けを与え、強引に舌で薬を捻じ込んだ。不快そうに眉をしかめ、問い質してくる弟を兄は適当にはぐらかして時間を稼いだ。
 持続性の短い睡眠薬が強固な意識をほだし、朦朧とさせる。ぼやけていく意識の中、ドイツが目にしたのは病的なまでに煌く赤紫色の瞳だった。
 薬に負けたドイツを運ぶのは容易だった。いくら衰えたとはいえ、元は世界をまとめあげる大国の一員であったプロイセンが、意識が無いために運びにくいとは言え、男一人を運べないわけが無い。
 抱え上げて、用意してあった部屋に連れ込んで鎖で繋いだ。低く呻く白い首に、黒い革の首輪はよく映えた。手足は手錠で固定し、抵抗を許さないといわんばかりに押さえつけた。
 目を覚ましたドイツは、当然驚愕し、抵抗し、抗議し、反発し、そして懇願した。やめてくれ、これを外せ、部屋から出せ。喚くドイツにそっと歩み寄り、プロイセンは手を差し伸べる。解放されるのかと安堵の表情を浮かべたドイツの頬を、プロイセンは力いっぱい殴り飛ばした。
 低く不快な音がして、ドイツはベッドに激しく倒れこむ。その上に跨り、マウントポジションをとって更に殴り続けた。決して美しくも可愛くもない弟の顔が、醜く腫れ上がって血まみれになるほど、ひたすら殴り続けた。はじめはドイツも混乱と驚愕で抵抗しようとしたが、プロイセンが愛しげに何度も「ヴェスト」と呟く声に、振り上げた手は力なくシーツの上に落ちた。
 やめてくれ、と泣いて懇願するまで殴り、プロイセンはようやくドイツに暴力をふるうのをやめた。
 数日はひたすら甘く愛を囁いては殴り、殴っては慈しむように撫でて治療を施し、そしてまた殴る。その無意味とも思える行為を繰り返した。
 ドイツが言葉でさえも抵抗を諦めた頃、プロイセンは暴力をやめた。その代わりなのか、プロイセンの手が施すものは痛みから快楽へと変わった。服の上からの穏やかな愛撫から始まり、直接肌を撫で、体の中を貪り、徹底的に快楽のみを与える行為に耽った。
 そうして数日を過ごし、このおかしな空間をおかしなものだと二人ともが認識できなくなっていった。悪夢のような日々は、確実に二人を蝕み、世界は徐々に閉じていった。



 ぱたん。軽やかな音で扉が閉められた部屋の中には、ベッドと椅子と窓があり、言ってしまえばそれ以外は何もなかった。
 その窓の傍に置かれた椅子に腰掛け、ドイツはただぼんやりと空を眺めていた。黒いシャツとトランクスしか身につけることを許されず、首には真っ黒な鞣革の首輪がはまっている。数日前までかけられていた冷たい銀の手錠は外され、代わりに痛々しく血の滲んだ包帯が肘の辺りまで巻かれていた。
 プロイセンが扉を閉める音でようやく彼の存在に気付いたドイツは、慌てて椅子から立ち上がってプロイセンの元へ駆け寄る。首輪に繋がれた太い鎖が、じゃらじゃらとうるさく鳴いてドイツの後ろをついてきた。
 この無機質な部屋に押し込まれる前は、誰かが傍に来れば気配だけで察知できていたのに。
「に、兄さん……」
「ただいま、ヴェスト」
 おかえり、と言おうとして、その言葉は形を作る前に霧散した。ばき、と低い音と共に衝撃が走り、ドイツの体は豪快に床に倒れこんでしまったからだ。頬を殴られたせいで口からは呻き声が零れ、ついでに赤い血も流れた。口の端が切れている。
「ッ、にいさん……すまな、い」
「また俺以外を見てたんだな」
 ごめんなさいと怯えた声で縋るように何度も呟いたが、プロイセンはにやりと口元だけを笑みの形に歪めて笑い、答えようとしない。
 首輪とベッドとを繋ぎ合わせている銀色の鎖を乱暴に掴み、プロイセンは皮膚が切れて血を流している唇に強引に口付けた。舌と唇をがりがりと噛まれ、細かい傷がいくつも出来ていく。いたい、やめてくれ、と言葉だけで抵抗しても、何の意味もなかった。
 不意に鎖を放し、プロイセンはドイツを床に放り出す。まともに受身も取らずに背中を強かに打ちつけ、ドイツはまた低く呻いた。
 青い空を切り取っていた窓に、カーテンが引かれる。遮光性の高い布が青を覆い隠し、部屋を照らすのは白々しい人工的な光のみとなった。ベッドに乱雑に腰を下ろしたプロイセンを床に倒れこんだまま見上げるドイツは、口の端を流れる血を拭いもせずただ兄さんと呼び続けた。
「空、花、町並み……そんなものばかり見るんだな、おまえは。お兄ちゃんは悲しいぜ」
「ちが、うんだ。違う、聞いてくれ兄さん、俺は……」
「聞かねえ」
 ベッドの脚にくくりつけてある鎖を引っ張られ、ドイツはずるずると床を這うようにしてプロイセンの足元へと近寄らされる。両手と両膝を床につけた獣のような格好のドイツの肩に、ブーツごと足を乗せる。うつ伏せに床に這い蹲ったドイツの背に足を乗せなおし、ぐりぐりと踏み躙った。
 この部屋に閉じ込めた当初よりもいくらか細くなった肩が、屈辱と痛みに震える。
「っぐ、……ぅ、あ、兄さん、ッ!」
「可愛いヴェスト。俺以外のものを見る目なんて、潰しちまうか?」
「ひ、ッ……い、いやだ……兄さんやめてくれ、ごめんなさい、兄さん、兄さん……」
「嘘だよ。可愛いなあヴェストは。おまえのきれいな目、潰すなんて勿体ねえことするわけないだろ」
 今の兄ならやりかねない、と恐怖に引き攣ったドイツの体が、安堵に緩む。背を踏む足もやんわりと退けられ、ドイツはようやく床から顔を上げて赤紫色と目を合わせた。
 どろりと濁りきった、それでいて魔を秘めた宝石のような瞳がにやりと笑う。
 ぽんぽんとベッドの上を叩く手に無言で促され、ドイツはベッドに乗り上げた。
「でも、お仕置きな。腕、出せよ」
 腕、という単語にびくりと体が震えた。次いで、プロイセンが上着のポケットから取り出したのは細長い金属のケース。それを開くと、中からは透明な液体の入った袋と見覚えのある医療器具が姿を現した。
「あ、あァ……ひ、ぃ…いや、いやだ……」
 空っぽの注射器。この部屋に入ってから、もう何度も見たものだ。
 注射器で袋の中の液体を注射器に取り、針を上向きにして空気を押し出した。ぴゅ、と先端から少し液体が飛び出し、ぱたぱたと白いシーツに落ちる。もう見慣れてしまったその光景だけでがくがくと震えだすドイツを見下ろし、プロイセンは苛立ったように怒鳴りつけた。
「早くしろ! ……聞き分けの無い子はきらいだぜ、ヴェスト。おまえはいい子だろ? ほら、腕を出せって」
 穏やかともとれる微笑を湛えた兄の言葉に、ドイツの体は勝手に従ってしまう。おずおずと左腕を差し出すと、「いい子だ」とプロイセンがドイツの金髪を優しく撫でた。
 プロイセンの右手が、差し出されたドイツの腕をぎりぎりと締め付けるようにして掴み、その痛みに眉根を寄せながら耐えた。
 するり、と腕に巻かれた包帯が解かれると同時にあらわれたドイツの腕は、醜い紫色に変色していた。無数の針の跡が痛々しく残り、鬱血して腫れ上がっている。何度も、何度も注射針を刺された証拠だ。
「……ッう、にいさ…ん、」
 どこに刺そうか、と楽しむように親指で肘の裏の柔らかい部分を押す。ここだ、と決めたように意気揚々と、冷たい注射針が押し付けられた。その恐怖に、ドイツの体が強張る。
「くすり、……いやだ、兄さんっ」
「動くなって。針、折れちまうだろ」
 ドイツの拒否は聞く耳持たれず、プロイセンは尖った針の先でドイツの腕の皮膚を突き破った。針の先を潜り込ませ、注射器に入った透明な液体をゆっくりと注入していく。押し出された液体がドイツの体内に押し込まれていくのを見て、本人は青ざめていた。
「はは、かーわいい……。大丈夫、今日のは依存性はー……まあ、低いほうだし。それに苦しいほうじゃねえよ。気持ちよくなれるぜ」
 今日の、という言葉通り、ドイツは今までも何度か薬品を体内に注入されてきた。麻酔に始まり、麻薬じみたもの、時には身体に苦痛をもたらす毒薬のようなものまで打たれてきた。
 前回注射針を目にしたときは、その毒薬のような透明な液体を流し込まれた。命を脅かすようなものではなかったらしいが、それにしても、与えられる苦痛は中途半端なものではなかった。
「この、まえの……あ、ぁ…くすり、は……く、くるしくて……いた、かった。にいさん、こえ聞こえなく、なって…」
 体の中から何かが、神経や筋肉細胞といったものが、ぶちぶちと音を立てて焼ききれていくような錯覚。煮えたぎる油が血管を通って全身を巡っているような気さえした。
 体の内側から焼け爛れていく恐怖と苦痛を味わい、発狂寸前まで追い込まれたのは記憶に新しい。
「うん? ああ、このまえの、な。そうだよな、この前はキツいやつだったから……苦しかったよな。苦痛に喘ぐおまえも可愛かったぜ。『兄さんたすけて』って泣きべそかいて、爪が折れるまでシーツを掻き毟ってたな。痛かったろ? かわいそうなヴェスト」
 じわじわと血液を通じて体の中に流れ込む薬品への不快感に、ドイツはめまいを覚えた。条件反射のようなものなのだろうか、体から注射針が抜けると同時にドイツの視界がぐらりと揺れた。
 どうやら視界だけでなく本当に体がバランスを崩して揺れていたらしく、ドイツはそのまま後ろに倒れてシーツに沈み込んだ。白い天井がぐるぐる揺れる感覚に吐きそうだった。
「あ゛、ァぁ、ん…ぅ……にいさ、ぁん…兄さん、あたまが痛い、んだ……あた、ま、ぐらぐらして……ぁう、う…」 
「効くまでちょっと時間があるからな。それまで待ってろよ」
 ドイツの短い前髪を、プロイセンの指がなぞる。この部屋に来る前は、毎日のように生真面目に撫で付けていた前髪も、もう思い出せないくらいずっと下りたままでいる。プロイセンは、前髪の下りた状態の弟のほうが好きだった。無論、それがドイツであるならばどんな状態でも愛する自信が彼にはあったが、それでもなんとなく、どこか自分に似た面影を持つ髪の下りた状態の弟が好きだった。
「ぁ……あ、あ、あっ…にいさ、ん、にいさん兄さん、兄さんッ!」
「まだだって」
 不意に唸るように暴れだそうとするドイツの手足を、プロイセンが押さえつける。以前より格段に筋力の落ちた弟を押さえつけることは、かつての大国であったプロイセンには容易かった。
 プロイセンの腕に爪を立て、喚いては引っ掻き、兄さんと叫び、とうとう泣き出してしまった。
「いや、いやだいやだァッ! なに、これいやだ……き、きもちわるい…頭も、痛くて……あ、あァ…いやだ、なに、誰だ……誰、違う、兄さんじゃなくて……あ、兄さん、兄さんは、違う、ちがうぅ……ッ!」
「ヴェスト。俺はここだぜ、ほら、触ってるだろ?」
 錯乱するドイツの右手を、プロイセンが掴んだ。ぺたりと己の頬にドイツの手のひらを触れさせると、プロイセンによって短く切り揃えられたドイツの爪がプロイセンの頬に立てられた。皮膚を抉らんばかりの強さで引っ掻く弟の手のひらに、プロイセンは愛しげに頬をすり寄せた。ぎりぎりと爪が食い込んでいく頬に感じる痛みなど、プロイセンにとってはただの快楽であった。
 仰向けに倒れこんでいるドイツの体に覆いかぶさるように、プロイセンは彼との距離を縮める。苦しげにぜえぜえ喘ぎながら助けを求める弟の唇に強引に口付け、触れるだけですぐに離れた。
「ちが……う、兄さんは、あ、……いる、こ、これは兄さんなのか? にいさん? 俺の、俺の……」
 プロイセンに触れていないほうの手が、まるで溺れているかのように虚空を掻いた。幻覚でも見ているかのような、うわ言めいた言葉がドイツの口からぽろぽろと零れていく。
「にいさ、ァんっ……あァ、あ、ひぃ…体が、おかしい……」
 不意に両腕をプロイセンの首に回し、ドイツは貪るようにプロイセンに口付けた。唾液が口の周りを汚していくのを厭いもせず、プロイセンの唇やその周りに甘く歯を立てて何かを求めた。
 たすけて、と呂律の回っていない口で熱い吐息を零した。
「効いてきたか? 体、どんなふうになってる?」
「あつ、くて……あ、ちがう、冷たい、寒い……からだは凄く、寒いんだ。でも、……ッンあ! あ、さわって……あついぃ…」
「寒いんじゃねえの?」
「にいさん、の……さ、触ってるところだけ、あつくて……きもち、イイ…もっと擦って、ぐちゃぐちゃ、に……ぃッ!」
 プロイセンの背中を掻き毟って求めてくるドイツにキスを与えながら、プロイセンはぼんやりと思った。こんなに都合のいい薬だっただろうか、と。
 確かに苦痛を与えるものではなく、むしろ性的な興奮を誘発させるものでありドイツのこの反応が間違っているわけでもない。しかし、効力が現れるのが予想よりも早く、強い。子供のように泣きじゃくり、子供は決して口にすることの無い卑猥な言葉でプロイセンを求める。その姿は兄に縋る幼い弟にも、ただの色情狂にも見えた。
 求められるまま、プロイセンがドイツの黒いシャツをめくり上げて指先を胸板の突起に触れさせる。乳輪をなぞり、ふくれた乳首をきつく抓ってやるとドイツの喉が反った。首輪に締め付けられた白い肌が、ぴんと張って苦しげに喘ぐ。
「ア、ぃあ、ああっ! ひぐ、ッんあ、あ、あっ、にいさん、兄さん兄さん兄さんッ!」
「何だよ、まだちょっといじっただけだぜ」
「さわって、触ってくれ、あ、あ、あっ……! あ、兄さん、にいさ……ぁひ、いあ、あァッ!」
 プロイセンが触れようとしない下半身をすり寄せ、ドイツはプロイセンに脚を絡めた。触れられていないにも関わらず既に熱をもっているそれをぐいぐいと押しつけ、甲高くて甘ったるい悲鳴を勝手に上げていく。プロイセンがそれを咎めるようにドイツの下唇を噛み切ったが、そこに滲む血にも快感を覚えるのか、ドイツは情け無く眉を下げて笑みのような表情を作った。
 下着に手をかけ、ずる、と引き摺り下ろしてやると、それだけでドイツは歓喜に震え、より強くプロイセンの脚にこすり付けた。しかしそこには触れようとしないプロイセンを見上げ、どうして、さわって、と言葉でねだった。薬にとろかされた、外見にそぐわぬ舌足らずな口調にプロイセンの下半身がずくりと熱を帯びた。
「さむ、い……にいさぁ、ん、さむい、おねがいだから……触ってくれ、あつくして……ン、くぅ……」
「あは……可愛いなあ、俺のヴェストは。可愛い。本当に可愛いぜ、世界でいちばん、おまえが好きだよ」
「あ、あ、あッ……んぐっ…う、うァ、兄さん…あ、あッン……ふあ、あァッ!」
 びちゃりと汚れた水音。ひくひくと震え、とろけた声でプロイセンを呼びながらドイツは果てていた。
 陰茎をこすり付けていたプロイセンの脚に、べっとりと精液が付着して汚れている。己が兄を汚したことに対して罪悪を抱かぬまま、ドイツは恍惚とした表情で荒い呼吸を繰り返していた。平素の彼ならば許しを請うて泣き、怯えていたであろうことを無視してしまえるほど、薬品は彼の理性を溶かしていた。
 そして、たった今プロイセンの脳裏に浮かんだ『平素の弟』が、この部屋に閉じ込められて以降の暗く閉じた弟の姿であったことにプロイセンの心が濁った喜びを感じていた。
「ぁは……は、っあ、はあ、兄さん……にいさん、兄さん、兄さん……」
「俺だけの可愛いヴェスト……あいしてる。おまえだけをあいしてるから」
「んァ、あ、あっ……に、いさん…して、もっと、もっと……さむい、たすけてくれ兄さん……!」
 ぐしゃぐしゃにプロイセンの髪を掻き回し、もっと、とひたすらに兄を求めるドイツにプロイセンは優しく噛み付く。ぼろぼろと涙を流して兄に縋りつく弟に、以前の威圧感や頼もしさはかけらも見当たらなかった。
 彼を覆っていた筋肉は衰え、細くなったように思える。プロイセンはそれさえも嬉しかった。幼いドイツを立派な国に育て上げることを悲願としていたはずの自分が、今は彼の自由を奪って閉じ込め、堕落していくさまを見つめているという事実に吐き気がした。同時に、恍惚とした眩暈も覚える。
 プロイセンにとって、こんな幸せな病は初めてだった。

 首輪に繋がった鎖を引っ張り、無理矢理に上体を起こさせる。プロイセンはそのままドイツの顎をつかみ、強引に口付けた。ドイツはうっとりとプロイセンのキスを受け止め、むしろ自ら貪るように舌を絡めてきた。唇を離してもすぐに腕を伸ばして吸い付いてくるドイツを嘲笑い、プロイセンはドイツの頬を左手で張った。小気味良い音と軽い衝撃が左手から伝わり、弟がびくりと身をすくませるのがどこか愉快だった。
「…に、兄さん……キス、もっとしてくれ……! やだ、いやなんだ、離れるのはいやだ…寒い、たすけて兄さん、兄さんッ!」
「ああヴェスト。俺もおまえと離れるのは嫌に決まってるだろ。でもだめだ、お預けな」
「いやだ、ァッ! 兄さん、兄さんにいさんにいさんっ、いやだたすけて、たすけて……」
 子供のように泣き喚いて、駄々を捏ねるような仕草でドイツがプロイセンを求める。わざとゆっくり身を引いてやると、狂ったような大声で『兄さん』と泣き出してしまった。
 しかし薬品を体内に注入されたことに対する眩暈は先程からずっと治まっておらず、兄の体に触れようとしたところでドイツの逞しい体はぐらりと揺らいだ。閉じ込められて衰えたとは言え、己を支えるだけの筋力はあるはずなのに、それが上手く機能しない。前はもっと冷静であったはずの思考も乱され、犯され、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられており、ドイツはただみっともなく泣いて兄に縋ることしか出来なくなっていた。
「かわいいヴェスト。オアズケもできねえの? 犬でも出来ることだぜ。……ああ、おまえは犬にも劣る畜生ってことか」
 プロイセンはドイツの短い前髪を鷲掴みにし、暗く濁ったうつくしい瞳を覗き込んでやった。ドイツはその淀んだ瞳に兄を映したことで、口元が僅かにうっとりと緩ませた。
 プロイセンの親指がそっとドイツの唇に触れ、ドイツはそれに促されるようにそっと口を開いた。ぐにぐにとぬるい舌を親指で押し、プロイセンはにんまりと笑ってドイツの額に口付ける。そのままこめかみを通過して耳朶に唇を寄せ、敬虔な信者に予言を与えるかのようなゆったりとした口調で囁いた。
「犬には躾が必要だよな」
 兄の意図するところが分からず、ドイツはぐたりと力の入らない顔を上げて訝しげに眉根を寄せた。プロイセンはおもちゃで遊ぶ子供のようにけたけたと笑い、先程噛み切ったドイツの唇をぺろりと舐めた。血の味とにおいは、こんなにも興奮するものだっただろうか。

「ん゛ァああ! っあ、あ、っが……は、あッン……ぅ!」
 必要以上の量のローションが垂らされた箇所に、ずぶずぶと下品な音を立てながら玩具が埋め込まれていく。硬いゴムで出来た醜い棒状のものが弟の体を犯していく倒錯的な光景にプロイセンの視界がぐらりと揺らいだ。その玩具にはふさふさした人工毛の束が取り付けられており、四つん這いになってそれを飲み込むドイツの姿は、まるで尻尾の生えた犬のようであった。
 満足げにプロイセンはにんまりと笑い、毒々しい紫色の人工愛液がどろりと伝うドイツの太ももの内側を撫で上げる。
「っは、あははは! よく似合うじゃねえかヴェスト! おら、犬がベッドの上なんて上等な場所にいるんじゃねえよ」
 ぐっと首に繋がる鎖を引き、プロイセンはドイツをベッドの上から蹴り落とした。受身を取るという発想自体がなくなっているのか、みっともなくベッドから転げ落ちたドイツは、ごつんと鈍い音を立てて床に体を打ちつけた。力の入らない体を冷えた床につけたまま、目線だけをプロイセンに戻す。
 ぼやける頭でふらふらと床を這い、ベッドのふちに手をかけてようやく体を起こす。ドイツは弱々しく痙攣する手を兄に伸ばし、懸命に兄を呼んだ。しかしプロイセンはそれに答えず、ただ楽しげにドイツを見下ろしては時折くつくつと嫌な笑いを漏らしていた。
 ぐずぐずと泣き出すドイツに、プロイセンの心は悲鳴を上げて喜んでいた。退行でも起こしたかのような威厳のかけらもない弟の姿に、プロイセンの背筋がぞくぞくと震える。己の手で育て上げた立派な弟を己の手で壊しているという矛盾した行動に、驚くほど陶酔していた。それは、幼子が自ら築いた積み木の城を己の手で打ち崩す快感に酷似していた。
 最早「兄さん」という言葉以外はまともな形を作れなくなっている弟にようやく手を伸ばしてやると、ドイツはひどく安堵したように口角を上げた。けれどプロイセンはドイツの体には触れず、ドイツの体内に埋め込んだ機械のスイッチにだけ触れる。絶望したようなドイツの表情を堪能しながら、カチ、と指先が機械を起動させた。
「あ、あ゛ァァッ! ひ、ああ、あッ、ぐぅ…う、うあ、ああ゛ァッ!」
 まさに獣の咆哮のような悲鳴をあげ、ドイツは床を掻き毟って悶える。体内が無機物に淡々と犯される弟を見下ろしながら、プロイセンは箍が外れたかのような高笑いを上げていた。狂人じみた笑い声を上げてベッドの上で腹を抱えているプロイセンは、どこか子供のようでもあった。
「ああ! 本当におまえは醜くて可哀想で世界一愛しいぜ! おまえみたいな醜い犬、俺以外誰も愛さねえよ」
「っは、あ、あ゛ーッ! にいさ、ぁ…にいさん、兄さん兄さんッ! はう゛ッ、うぐ、らぇ…も、らめえ゛ッ……いう゛ッ、いく、いやだ、いきたくな……ッあ、あ゛ーッ!」
 卑猥な音をたて、体内を無機物に抉られ続けたドイツはとうとう床に精液を吐き出した。それを見たプロイセンは、それまで上げていたけたたましい笑い声を嘘のように途切れさせ、チッと舌打ちをひとつしてからベッドの端から酷く冷えた目で弟を見下す。
 射精後も性感をぐりぐりと押してくる無感動な機械は止まらず、まだ床を引っ掻きながら身悶えているドイツの鎖を引っ張り、己もベッドから降りる。しゃがみこんで弟の金髪を乱暴に掴み、そのままドイツの顔面を床に叩き付けた。
 ばき、と鈍い音。低く呻くドイツの髪を引いて顔を上げさせると、凛として彫りの深い厳格な顔立ちであった弟の片方の鼻腔を血が伝っているのが分かった。それにも構わずプロイセンは鷲掴みにしたドイツの髪をぐいぐいと引き、先程彼が吐き出した精液が垂れている床に顔を押しつけさせる。
「ヴェスト、誰がイッていいなんて言った?」
「あ、ぁう゛ッ……ごめ、んなさい……ごめんなさい兄さん、ごめんなさい、っ!」
「ったく、この駄犬が! 勝手にイッて床を汚しやがって……バカ犬、せめて自分で掃除しろよな」
 引っ掴んでいた髪を投げ出し、立ち上がってドイツの腹をつま先で蹴飛ばしてからプロイセンはベッドに座りなおす。まだ玩具に気を取られてひんひんと情けなく鳴いているドイツに、早くしろ、とだけ声をかけて急かすと、ドイツは快楽やらなにやら様々なものが混ざり合ったものに打ち震えながらそっと真っ赤な舌を床に向けて伸ばした。
 流れる鼻血をそのままに、唾液の絡まった赤い舌が床をぺちゃぺちゃと舐める。舌で舐めるだけでなく、唇を床につけて吸い上げたりして、ドイツは兄の言いつけどおり床に落ちた精液を全てきれいに舐めとった。
 口元に垂れた唾液と、ついでに流れる鼻血を手の甲で乱暴に拭いながら、ドイツは顔を上げてプロイセンに何かを求めるような視線を送る。プロイセンは先程の冷たい目から一転、優しげに緩んだ笑顔でドイツに向けて手を伸ばしていた。
「いい子だ、ヴェスト。おいで」
 ふらふらと覚束ない足取りで床を這うようにしてプロイセンの足元に縋りつくドイツは、さながら愛玩動物のようでもあった。


「は、あ゛ァぅ…ッ! あ、あ゛あァ、ひあ、ッんう……にいさん、きもちいい、…ッく、は……た、たすけてくれ、にいさんッ!」
 うまく回らない舌が、必死に助けを求める。プロイセンは弟の体内から玩具を引き抜き、代わりに押し込んだ己の熱で内壁を擦り、ひたすらに快感を追いながら泣き喚く弟の瞳を覗き込んだ。あおく美しい瞳はうつろに濁り、透明な涙をぼろぼろと惜しげもなく流しながらその中央にプロイセンの姿を映していた。
 ぐじゅ、じゅぷ、と卑猥でどうしようもなく下品な音が鼓膜から脳をかき混ぜ、恍惚とする。ぐ、と腰を突き上げてやればドイツの喉が見た目に反した甲高い嬌声を上げた。やかましくて猥雑な声も、最愛の弟のものだと思えば嫌悪など微塵もなく、むしろ愛しさのみがプロイセンの体を支配した。
「ヴェスト……ッは、ぁ…ヴェスト、俺のかわいいヴェスト……」
「あ、ッん、あ、あ゛ッ! 兄さん、兄さん兄さんっ、……んっぐ、う、あァ゛…兄さんっ……!」
「なあ……俺が一番だろ? 言えよ、おれが、……っ、俺がおまえのいちばんだって、あいしてるのは俺だけだって……」
 悲痛な願いともとれる問いに、ドイツは答えない。ただ薬に侵された朦朧とする頭で、眼前のいとしい兄を求めることしかできなかった。
 ひくひくと体中のあらゆる場所が引き攣り、ぐたりと力の入らない腕が不自然に震えながらプロイセンに回された。いくらか細くなった腕、いくつもの紫色の鬱血痕の残る腕が上着とシャツを脱いだプロイセンの背に回され、その爪がプロイセンの背中をがりがりと引っ掻いた。ドイツの爪の間に破れたプロイセンの皮膚が入り込み、血が滲む。
 己を揺さぶる兄に必死でしがみつき、ドイツは目の前の白い肌に力いっぱい噛み付いた。意味などない。ただそこに血の滴る美しい肌があり、薬と、それによって増大させられた快楽にとろかされた頭が本能のままに何かを求めた結果の行動だった。
 ドイツの歯に皮膚を突き破られたプロイセンは僅かに眉をしかめ、けれどどこか酔いしれるような表情を浮かべて弟の特別な名を呟いた。
「ヴェスト……あ、ァ…駄目な犬だな、ッおまえは……ぁっ! 粗相の次は、噛みグセ……か、ははッ!」
「ん、ッが、あ、あ゛ァッ……! あ、ひっ、んっぐう……あ、あぅ、にい、ふぁ……あふ、う゛ぅッ……!」
「あ、ァっ……いいぜ、ヴェスト…もっと、もっと噛んでいい、ッから……」
 獣に食われるのを楽しむかのように、プロイセンは笑ってドイツの頭を撫でた。無遠慮に突き立てられる歯に与えられる痛みは、それがドイツによるものだという事実だけでプロイセンの中ではただの快楽に変換される。
 そして、このあと薬が切れ、弟が正気を取り戻したとき。彼がつけたこの傷を見せてやろうと思っている。こころの優しい弟だ、このような、非人道的な行いをしてくる兄に対してもその慈悲のこころを向け、ひどく申し訳なさそうに謝るのだろう。もしかしたら泣いてしまうかもしれない。それを餌に、また優しい弟のこころを壊してやろうなどと考えている自分がいることに、プロイセンは自嘲の笑みを漏らした。
「兄さん、にいさん…っあ、あ、っひぅ、うぐ……兄さん、ッうあ、あ゛ァ、兄さんにいさん……ッ!」
 兄さん、兄さん、とそればかり繰り返す弟を狂おしいほどに愛しく感じながら、プロイセンは無茶苦茶にその体を揺さぶった。そこを突くと一際高く悲鳴を上げる箇所をぐりぐりと無遠慮に擦り上げ、互いをひたすらに絶頂へ追いやっていく。
「い、きたい……にいさ、兄さんッ! も、イきたい…いかせ、て、兄さん、ゆるして……ゆるしてくれ…ぇっ!」
「っは、あははは……かわいいヴェスト。じゃあ言えよ、俺に誓え。俺のことだけ愛して、俺のことだけ見るって……なあヴェスト、っ!」
 それは悲痛な叫びだった。
 プロイセンは、自分だけが弟の世界のすべてになればいいと思った。己の全てを捧げた愛し子が世界を知ることはいいことだ。外の世界を知り、仲間を作り、一段と成長することに何の反感も抱かなかった。
 けれど、同時にどうしようもない狂気が芽吹いていたのも、また事実。
 自分以外を映すあおい瞳、自分以外の名を呼ぶ低い声、自分以外を留める優しい心。
 ――俺のものだ。目も、声も、心も、ソイツのすべては俺のものなんだ!
 子供じみた独占欲、支配欲は、いつしか螺子の外れた狂気に飲まれていった。閉じ込めてしまえばいい、自分しか見ないよう、自分しか愛さないよう、閉じ込めて壊して愛してやればいいと、歪んだ結論に至るほど、プロイセンはこころを蝕まれていた。
 しかしプロイセンの助けを求めるような悲痛な懇願は、薬と快楽に苛まれるドイツに届くことはなかった。
「あいしてる、兄さんだけ愛してるからぁっ! 兄さんっ、兄さんにいさんッ……んぁ、あ、あ゛ぅッ…ひう゛っ……好き、だ、にいさんがすき、あいしてるッ! だから、…だから、もう……んッあ゛ァっ!」
 快楽を追い、許しを得たい一心でぼろぼろと言葉を零していく。そこにドイツの本心がどれほど含まれているのか、そもそも自分が何を口走っているのか、ドイツ本人にももう分からなくなっていた。
 それでも、プロイセンはドイツの口からこぼれる『あいしてる』に、どうしようもないほどの喜びを感じ、噛み締めた。肌の表面を滑るだけの、欲望を満たしたいがためだけの言葉だけれど、プロイセンはそれに気付かぬまま愛しい弟を掻き抱いた。
「は、ははは……俺のヴェスト、可愛い可愛い、俺だけのヴェスト! あいしてるぜ、何よりも、世界よりも、おまえだけを愛してる……!」
 まるでその言葉を免罪符の代わりにするかのように、プロイセンは何度も愛してると囁き続けた。
 熱を持ち、びくびくと震えながらもドイツはプロイセンの背に縋りつく。何も捉えなくなった目で、音が上滑りしていく耳で、薬物にぐちゃぐちゃに蹂躙された頭で、いとしい兄の姿を探した。
 けれど彼の目に映る世界に尊敬する最愛の兄の姿はなく、そこに在るのはただ己に快楽を与える恐ろしい存在だけだった。
「にい、さん……」
 うつろに染まった瞳は、ゆっくりと閉じていった。







end.




































+++
 2月19日、事件はおきました。そう、かの有名な兄さんショックです。
 ご本家で普←独の呼び方が判明し、ここはもう独にひたすらたくさん『兄さん』と呼ばせるっきゃない。そう思いました。
 で、出来たのがこんな感じです。
 すんませんっしたーーー!!






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