ぞろり、と鳥肌が立った。
 その原因はソファーに隣り合って座る兄であり、けれど要因は弟にあった。
 にいさん、と小さく呼ぶと、兄はぴくりと肩を動かして弟を見やる。
「……ん、何だよ」
 兄の目は、ソファーの真向かいに位置されたテレビにくぎ付けになっている。どうやら小鳥の特集を組んだ番組が気になるらしく、ちらりとドイツに視線をよこして、またすぐにテレビに向かってしまった。赤みの強いむらさきの瞳は、弟を見ない。
 ドイツは、それに無性に苛立った。
「にいさん」
「だぁから、何だって」
 テレビからようやく視線を外し、プロイセンは弟の額に小さくキスをしてやった。兄がテレビに夢中になっていることに拗ねてしまったと思われ、簡単なご機嫌取りをしてくる兄に、すぐにほだされそうになる自分に少し笑えた。
 しかしドイツはすぐに眉を下げ、悲しそうに笑って、いやなんでもない、と呟いた。
「何だよ、んな顔してるのになんでもないってことはねえだろ」
 ドイツの頬に兄の手が触れ、目元にキスが降ってくる。ドイツはその兄の手を包むように手を重ね、目を閉じて頬をプロイセンの手のひらにすり寄せた。ほんのりと冷たい兄の手が、好きだった。ほんとうに、好きだったのだ。
「頼みが、……いや、やはりいい。無理だから」
「ばか、俺がなんとかしてやるよ。お兄様をちょっとは信用しろって」
「ほんとう、に?」
「ああ、勿論。俺に出来ることは、いや、できねえことでもなんとかしてみせるよ。俺の可愛い弟のためならな」
「……でも、」
 ドイツはふと俯いて、ぽつりとつぶやく。目は閉じたまま、重ねた手を引いて自分の唇に兄の手のひらを触れさせた。

 ――あなたの腕がほしい。落として、おれだけのものにしたいんだ。
「……え、?」
 ゆっくりと目をひらいて兄の顔を見ると、兄はきょとんと呆けたように口を半分だけ開いていた。
「ほら、無理だろう? 分かってるから、いいんだ」
 そう顔を歪めて笑った弟に、プロイセンは眉根を寄せた。その苦しそうな顔に、ドイツはぎゅうと胸の辺りが締め付けられるのを感じて、いいんだ、と紡いだ。まるで自分に言い聞かせるように、いいんだ、と繰り返す。
 プロイセンは俯いてしまった弟の手をゆるやかにほどいて、かたい金髪に手を置いた。その手で自らの、先程弟に口付けをされたほうの手のシャツの袖を、ゆるりとまくりあげた。
「ほら」
「……にいさん?」
「欲しいんだろ? 持っていけよ。落としていい、おまえの気が済むなら、腕の一本くらいくれてやるから」
 だから、そんな顔するな。
 うつくしい、白い肌。ドイツを守るため、己のために命がけで戦った傷跡の残る腕が、すらりと伸びる。そこへ釘付けになる己の視線に、ドイツの喉がごくりとなった。ああ、うつくしい。うつくしい、いとしい、……美しい。
「にいさ……っ、兄さん、兄さんの腕、ああ、……ああ、ッ! だめだ兄さん、だめ……」
 どろ、と口の中に唾液が分泌される。浅ましい自分に辟易した。
「これ、いらねえよ。な、俺のドイツ。だから持っていけ。俺は頭のてっぺんからつま先まで、全部おまえのモンなんだからさ。おまえのためなら、腕なんかいらねえから、持ってっていいんだ」
「い、いらないなんて……いらないなんて、言わないでくれ! いやだ、兄さんのきれいな腕、いらないなんて言わないで……くれ、……っ!」
 プロイセンの、自分を思うがゆえ、本心と反しているであろう言葉に、じくりと涙が浮かんだ。ドイツは滲む視界で兄に縋りついて、自分より細いその肩に額を押し付けた。
 兄は思いがけず泣きだしてしまった弟に僅かに狼狽し、また少し微笑んだ。
「ごめんな、ヴェスト。俺は、おまえにだったらいくらでも傷つけられていいんだ。刺していい、切っていい、何したっていいんだよ」
「にい、さん……、ごめんなさい、ごめんなさい……違うんだ、あなたの腕はあなたのものであってほしいんだ、でも、でも……あさましい俺は、美しいあなたの一部が、全てが、ほしくてたまらないんだ……っ!」
「うん、うん……そうだな、いいよ、おまえには全部やるから。おまえには、ぜんぶあげるからな。ああ、でも、殺されてはやれねえな、愛しいおまえ」
 触れる。差し出された、むき出しの腕が、ドイツに触れた。頬に、まぶたに、唇に。触れて、慈しんで、そうして拒否をした。
 兄の唇が紡ぐ。いとしいおまえ、おまえは冷酷なのに優しい子だから、おまえにそんなことさせられないよ。俺を殺してしまったら、おまえは壊れるだろう? だからだめだ、そんなことはさせられない。
 そう、笑って、プロイセンは口付けた。ドイツの頬に、まぶたに、唇に、柔らかくキスをして、微笑んだ。
「でも、……でも俺は、あなたを」
 それは、言葉にならなかった。ならなくても、兄には伝わってしまったのだろう。
 ――俺は、あなたを……ころしてしまいたい、と。
「ねえ、いとしい兄さん。俺の、にいさん。殺したくはないんだ、でも、俺の手であなたを止めてしまいたいんだ。……死ぬ時は呼んでくれ、すぐに行くから。俺の手で、あなたを殺すから」
 弟は、笑った。口付けを落としてくる愛しい兄に擦り寄って、笑った。
 兄もその言葉に、少し考えて、納得したように笑った。全てを理解し、飲み込んで、やさしくやさしく笑った。
「ん、……じゃあおまえが死ぬ時も俺を呼べ、ちゃんと言えよ」
 きちんと殺してやるから、な。
「……うん、殺してくれ、兄さん」
 口付けあい、そっと離れた唇をゆるりと吊り上げて、ドイツはその手をそっとあげた。プロイセンはそれをみて、自分もゆっくりと手を弟の手に近づけて、それまでのつるりとした穏やかで奇妙な笑みとはかけ離れた、少しぎこちない笑い方で、やはり笑った。
 そっと、ためらうように手のひら同士が触れ合う。
「でも、生きてくれ。それまでは、あなたや俺が死んでしまうまでは、一緒に……俺とともに、生きてくれ」
「あたりまえだろ。ばかだな。おまえがいらねえって言うまで、一緒にいてやるよ」
「ああ、……ああ、兄さん」
 兄の冷たい肌と、弟の温かい肌が触れ合い、混じり合って溶けた。
「俺と、ともに生きよう」
 囁き合った言葉は、誓いの言葉のようだった。






























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 実に申し訳ない。
 ついったーで受信したネタ(っていうかほとんどサカキさんの素敵発想)から勝手に書いてみました。
 驚くほどのがっかりイリュージョン!!! ほんと申し訳ないです! お詫びに脱ぎます! そいっ
 大体一時間クオリティです。ごめん……もうしわけない……。
 サカキさん、勝手にネタを拝借してしまって申し訳ありませんでした……メソッ





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