そのぬくもりにくちづけを





 シャワーを浴び終わり、さて、今日も一日が終わろうとしている夜のこと。
 俺はガシガシと乱暴に自分の髪を乾いたタオルで拭いながら、自分の部屋とは少し離れたところにある部屋を目指していた。ふわりと香る柔軟材の匂い。今向かっている先は、このタオルを洗濯した男の部屋だ。
「ヴェストーお兄ちゃんが一緒に寝てやるぞー」
 ノックもなしにドアを開けると、部屋のほぼ中央に位置するベッドの上で本を開いている弟の姿が目に入った。不可解そうに眉をひそめ、間抜けにも口を半開きにしている可愛い可愛い弟に飛びつくようにしてベッドにダイブする。呆れ気味に、ヴェストの手の中の本がぱたんと閉じられた。茶色い革の表紙の本は、ずっと昔に俺がヴェストにやったものだ。……まだ、ちゃんときれいに持っていてくれたんだな。
 些細なことがどうしようもなく嬉しくなって、俺はヴェストの硬い膝の上に腹ばいになる。
「何なんだ、いきなり」
「何って、だからお兄様が一緒に寝てやるって言ってんだよ」
「……」
 心底わけが分からない、という顔をしているヴェストの腹に、黒いタンクトップ越しにキスしてやった。ぴく、と小さく腹筋が痙攣する。ああほんとうに、こんな僅かな俺からの刺激にも反応してくれるヴェストは可愛くて仕方が無い。
 俺は体を起こし、腹ばいに乗っていた膝の上に跨って体重をかけた。決して軽くない俺の体重を支えても平気な顔をしている筋肉バカの、今度は額にキスをした。寝る直前だったから、昼間は無愛想に撫で付けてある前髪も降りていて、やはりどことなく俺に似ている。数少ない血縁者であるこいつを、家族愛としてだけでなく愛してしまうようになったのはいつからだっただろう。
 両肩に手を置き、目元や頬、耳の裏側なんかにも唇を触れさせた。啄ばむように何度も何度も小さなキスを浴びせているうちに、ヴェストは俺の唇が体のどこかに触れるたび、「ん」と何かに耐えるような声を上げるようになった。
 少ない睫毛を震わせて、閉じてしまったまぶたにもキス。ヴェストの頬、目元の辺りが僅かに赤く染まった。
「……んっ、」
「な、ヴェスト……一緒に寝ようぜ。たくさんキスしてやるから」
 ゆっくり開いたまぶたの向こうの青い瞳が惑うような色を見せ、その直後にヴェストは「ああ」と呟いて首を縦に振った。



 男二人でベッドに入ると、さすがに少々狭苦しい感じはした。どちらもガタイの良い男で、特にヴェストは肩幅も広くてがっちりしてやがるから余計に幅を取る。一枚の大きな掛け布団を二人で被りながら、俺はいそいそとヴェストに身を寄せた。ムキムキが温かいこと、俺だってちゃんと知ってるんだぜ。
「……冷たい」
「んー? 何が?」
「髪と手が冷たいぞ。またろくに拭かなかったんだろう」
 俺がべったりとくっついている左腕はどうやら動かせないらしく、反対側の右手が俺の髪をつまんだ。ごつごつででっかくて不器用そうな手をしているくせに、俺に触れるときはいつだって繊細で優しい手つきをしている。こういうところで『特別』を感じて嬉しくなるんだから、俺もお手軽な兄だ。
 薄い色をした俺の髪。つままれた毛先はまだ湿っているようで、普段は適当に跳ねているくせに今はくたりと寝ていた。
「手が冷たいのはしょうがねえだろ。いつものことだ」
 風呂上りだというのに手が、特に指先が冷たいのはもう仕方の無いことだ。俺は昔から手が冷たくて、反対にヴェストは小さな頃から手が温かかった。いつ触れてもじんわりとした温かさをくれる弟の手は、戦いしか知らない俺をいつでも癒してくれていた。
 こうして成長し、こいつの手が戦いを知って傷ついた今も、この温かさだけは変わらない。
「おまえの手があったかいから、俺は冷たくても別にいいんだよ」
 ほら、とヴェストの手を取り、昼間はほとんどいつも黒い手袋に隠れている素手に指を絡めた。お互いの色素の薄い肌が重なり合う。俺の手のほうが、やはり少し白い。
 指先、手のひら、すべてが温まっていく。
「おまえの手はやっぱり温かいな……俺の大切なヴェスト」
「……恥ずかしい男だな」
 ふい、と顔を反対側に向けてしまった弟の腕を、俺はにやりと笑いながら引っ張った。ヴェスト、と何度か呼んでやると、薄く染まった赤い目元がじろりとこちらを睨むように振り向いた。
 恥ずかしそうに伏せられた睫毛がひくりと揺れている。俺は身を乗り出して目元に唇を押し付けてやり、そのまま隆起したヴェストの胸板を押さえるようにしてその分厚い体に覆いかぶさった。手を当てた胸から、心なしか早く脈打つ鼓動が伝わってくる。
「かわいい」
「だから……っ、そのような言葉を俺に使うな!」
「何でだよ。おまえは可愛いんだから、仕方ないだろ」
 体格も良くて、筋肉も俺よりしっかりついていて、声も低くて、逞しい俺の弟。かわいい、なんていうふんわりした言葉は多分ものすごく似合わないものなのだろう。けれど、俺の目に映るヴェストはいつでも可愛くてかっこよくて、誰よりも愛しい存在だ。こんな恥ずかしい言葉なかなか言えないが、もしヴェストが望むなら俺は永遠にこの口で似合わない愛の言葉を紡ぎ続けてやれる自信がある。
 僅かに紅潮した頬をぺろりと舐め、輪郭をなぞるように顎のラインを舌でなぞる。そのまま真っ直ぐ舌で撫で下ろし、喉を縦に切り裂くような動きでとがらせた舌を這わせていった。喉仏に甘く噛み付き、低く漏れる声を味わった。
「や、めろ……オスト、離せっ」
「断る。おまえが可愛い声で『おにいちゃんやめてぇ』って言うなら考えてやらないこともないけどな」
 昔みたいにお兄ちゃんって呼んでみろよ、なんて冗談めかして笑いながら、首筋を犬のようにぺろぺろと舐めてやった。でっかい男がくすぐったそうに身をよじっても気色悪いだけだと思っていたけど、こいつは特別だ。かわいい。
「おまえをそんな風に、っ……呼んだ覚えは無い!」
 律儀な、けれどどこかずれた返答に俺は笑いを堪えられなかった。けたけたと笑う俺に苛立ったのか、俺の作る影の中でヴェストが不快そうに眉を顰めた。
 悪い悪い、と軽い謝罪を何度か口にしながら、俺はこの腕の中にいる弟の頬に再び唇で触れた。
 昔は兄さん兄さんと、まるで雛鳥か何かのようだったヴェスト。俺の後ろをちょこちょこと頼りない小さな歩幅でついてくる弟が可愛くて、それと同時に何としてでも守ってやりたいと思った。
 今はもう俺の庇護なんて必要ない、むしろ俺をその大きな両手で守ろうとしてくれるヴェストが、俺は今でもやっぱり可愛くて仕方が無い。
「ほんと、おまえは可愛いよ」
 何か言いたげに口が開かれ、けれどその並びのいい歯を少々外気に触れさせただけで音は何も出さずに閉じられてしまった。しばらくののち、もういい、と動いたような気がする。諦観した溜息は、近頃よく見るものだ。
 俺はそのあおい瞳を覗き込み、中指でぺしんっとヴェスト額を弾いた。
「な、っ!?」
「言いたいことがあるなら言えよ」
 俺は、ヴェストが言葉を飲み込んでしまうその仕草が嫌いだ。ヴェストのすることは全て受け入れてやりたいが、どうしてもその諦めたような、言葉を押しつぶしてなかったことにしてしまうような表情だけは好きになれなかった。
 ヴェストがまだ小さかった頃、俺はいつも忙しかった。戦うことばかりしてきた俺には当然のごとく敵が多かったため、いつも戦や仕事に追われていた。ヴェストは俺が育てたとは思えない、と周囲(貴族とか変態とか!)に言われ続けるほど聞き分けがよくワガママなんて言わない良い子だった。
 いや、ワガママなんて言いたくても言えなかったんだろう。いつも傷だらけで帰ってくる俺を、俺以上に痛そうな顔で出迎える幼子。俺を困らせないようにという配慮か、駄々を捏ねる姿なんてほとんど見たことも無かったし、ワガママらしいワガママを言われた覚えもあまり無い。
 いつも、何か言いたげな瞳で俺を見上げ、薄く唇を開いてはそれをぎゅっとかたく噛み締めて閉じてしまう。俺に呼びかけ、けれど「なんでもない」と俯かせてばかりだった。
 だからこうして対等に言葉を交し合える関係になったというのに、そうやって折角の言葉を飲み込んでしまうヴェストの仕草が、俺は嫌いでたまらない。
「言ってくれ、ヴェスト」
 懇願にも似た響きを持った俺の言葉に驚いたのか、ヴェストは訝しげに俺を見つめ返してきた。何も言わずにその瞳をじっと見ていると、ヴェストは根負けしたように一度視線を彷徨わせ、ぽつりと呟いた。
「……こどもじゃ、ないんだ」
「うん?」
「子供じゃない。俺は、いつまでおまえの『弟』でいればいい?」
 言葉とは裏腹に、拗ねた子供みたいな口調だった。
 相変わらずワガママなんて言わないし、言うような年でもない。子供の頃よりも思慮深く、賢くて、冷静で、強いヴェスト。けれどやはり中身は俺の弟で、『子供あつかいするな!』と怒っていた頃の幼い面影が大きな体に重なった。
「ばかだな……おまえはいつまで経っても俺の弟なんだよ」
「……だから、っ」
「でもな」
 ヴェストの言葉を遮り、俺は語調をやや強めてきつく睨むようにあおい瞳を見つめた。
 たじろぐヴェストに顔を近づけ、こつん、と額同士をぶつけて目を閉じる。
「子供あつかいじゃなくて、俺は恋人としておまえを甘やかしてるつもりなんだぜ」
 そのまま唇をヴェストの唇に触れさせ、上唇に噛み付いてから顎を指で押さえ、舌を捻じ込んだ。上顎のざらざらした部分に唾液を塗りこむように舌で撫でて、下品な水音をたてて啜り上げる。
 俺もヴェストもキスがへたくそだから何度か歯がぶつかったけれど、俺は気にせずヴェストの口内を好き勝手に犯していった。
「んぅ……ふ、ァん」
 くぐもったような、ねっとりした声が俺の耳に届く。うっすらと目を開くと、呼吸を忘れてるんじゃないかってくらい俺とのキスに夢中になっているヴェストの閉じたまぶたが見えた。へたくそ同士の、拙いキスに酔う。
 離れがたい唇を離す。ヴェストが名残惜しげに、とろりと溶けた目で俺の唇を見つめていた。
「もっとするか?」
「……ん、」
 荒くなった呼吸を整えようともせず、ヴェストは少し睫毛を伏せて躊躇いがちに頷いた。


 唇同士を合わせながら、俺はのしかかったヴェストの腹の辺りを布の上からゆっくり撫でる。円を描くような動きにヴェストはいちいち敏感に反応して体をふるわせていた。
 タンクトップの上からでもはっきり分かる、でこぼこに割れた腹筋。人差し指の先でその溝をひとつひとつ丁寧になぞってやると、くすぐったいのかヴェストの腹筋がひくひくと揺れた。俺は調子に乗って、指を上へと辿らせる。厚い胸板に到達した指で、今度は胸の肉の筋をなぞった。
 手のひら全体で隆起した胸板を撫でると、俺の冷たい手に反応したのか、それとも別の要因か、ぷくりと立ち上がったものが手のひらを引っ掻いた。そこを布の上から弾いてやると、もっと、と言わんばかりに胸が反った。
「あは……なんだよヴェスト、やらしいな」
「ち、ちがう……」
 弱く否定するが、その態度とは正反対にヴェストの乳首はかたく俺の指に反応を示している。
 わざとそこに爪を立てたり、指先で強く摘んだりすると、ヴェストは低音でけれど確実に甘ったるい声を漏らした。親指の腹で押しつぶしたそこにねっとりと唾液を絡めた舌を這わせ、やわらかく歯を立てた。俺の唾液を吸って更に色を濃くした黒が不自然に浮き上がって、酷く淫靡だ。
「ァ……く、っ」
 ぎゅっと目を瞑って刺激に耐えるヴェストの唇に、指を持って行く。声を堪えるためにきつく閉じられた唇を撫でてやり、俺の指にとろかされたように薄くひらいたそこに人差し指の第一関節までを含ませた。温かい口内に迎え入れられた冷たい指先が、じんわりと熱を持った。
 関節の溝に歯があたり、ヴェストはそこにゆるく力を込めた。ヴェストの歯の形に皮膚がへこむ。
「んぅ……はぅ、うっ」
 苦しそうに呻くヴェストは、何かに酔いしれるように俺の指をくわえている。特に何か言ったわけでもないのに、おずおずと舌を差し出して俺の指に唾液を絡ませてきた。指紋の溝をなぞるように、舌先が触れてくる。
 小さく指を前後させてやると、ヴェストの色づいた唇が窄まって何かを搾り取るように指を扱き始めた。次第にヴェストは声を抑えることも忘れ、夢中で俺の指にむしゃぶりついてきだした。
 指の根本まで飲み込み、苦しそうに眉根を寄せながらゆっくりと引き抜く。開いた唇を、とろりと唾液が伝っていった。構わず再び口内に俺の人差し指を迎え入れ、あたたかい舌で何度も何度も擦られた。
「あ、ンッ……っは、ぅ、あァ…ふ、うっぐ……あッ」
 ずる、と唾液にまみれた指をヴェストの口から引き上げる。赤い舌がぬらりと光ながら俺の指を追いかけるように伸ばされた。ねだるような仕草に、思わず笑みがこぼれた。
 とろりとした欲望の火が灯る、あおい瞳が俺をまっすぐ見つめていた。
 音無く唇が動き、俺はその音も無く俺を呼んだ箇所にもう一度深く口付ける。唾液同士がぐちゃぐちゃと汚らしく絡み合い、顎を伝って垂れていった。けれど、その不快な感覚を気にとめるような余裕は無い。
「ふ、あ……ンッ、あ、ぅ」
 唇を離し、名を呼ぼうとヴェストの顔を覗き込んだ瞬間。
「いや、だ……もっと、してくれ」
 ぐいっ、と両腕が俺の首の後ろに回され、そのまま引き寄せられた。前歯同士がぶつかる痛みを交えた荒いキス。ヴェストの舌が俺の唇をねっとりと舐め上げ、唇をこじ開けて侵入してくる。やっぱり下手な舌使いで、懸命に愛撫を施してくる弟が愛しくてたまらなかった。

 俺の唇に吸い付いてくるヴェストを自由にさせながら、俺は羽織っていた邪魔なシャツを脱いで片手を下の方にすべらせた。薄い短パンで覆われたそこを、布の上からそっと撫でる。
 俺と唇を重ね合わせたまま、その刺激にヴェストが低く呻いた。俺の口に直接流れ込んできた声を飲み込み、ヴェストの喉の奥にひそむ声をも絞り上げるかのように軽く吸い上げた。互いの唇の狭間で唾液が泡立つ。
 布の上から押し付けるように、指先で強く擦ってやる。さっきまでヴェストが舐めていた指を下着の中に侵入させてやり、下着ごと短パンを膝の辺りまでずらし、けれど邪魔だったからいっそ両足から引き抜いてやった。
 色の薄い陰毛を指先でつまみ、ざり、と擦り合わせる。小刻みに引っ張ったり、流れに沿って撫でたりしてやると、まだ触れてもいないものが待ちわびるようにひくひくと震えた。
 けれど俺はそれには触れず、太ももを手のひらでゆっくりと撫でた。体毛の流れに逆らってざらりと撫で上げてやり、その毛も指先でちょい、と引っ張った。その痛みからか、ヴェストの肩がびくりと反応した。
「はァ……っ、オスト、はやく」
 うん? と相槌を打ちながら、再び陰毛を引っ張る。何本か抜け落ち、俺の指に絡みついたものを息を吹きかけて飛ばした。
「さ、わって……くれ」
 羞恥に打ち震えながら、薄く目を閉じてねだるヴェストが本当に可愛くてたまらない。目尻にキスを落として、厚い胸板に俺の胸をくっつけるようにしながら体を密着させて、下にやった左手をゆるく立ち上がったそれに触れさせた。
 何度か擦ってやるとすぐに俺の手の中で反応を示し、かたさを増していく。俺の手に擦り付けるように腰を浮かせてくるのは無意識だろうか。次第に息を荒げ、あおい瞳が潤んで俺を求めるように揺れた。
「っく……は、ぁ…」
 ぎゅ、と唇をかたく噛み締め、ヴェストは声を押しつぶして耐えている。眉根を寄せ、苦しげに呻きながらぎりぎりと下唇を強く噛んで声を抑える弟が震えていた。その頑なな唇に、べろりと舌を這わせた。震えながらきつく噛み締められたそこを何度も舌で往復してやり、血が滲む皮膚を解きほぐすように優しく撫でてやった。
「……くち、開けろよ」
「んんっ……! ん、っふ、ぅ……う、ぐっ」
「ばか、意地張るなっての……こら、唇噛むな」
 ぺろ、ぺろ、と不規則にヴェストの唇を舐めながら、子供を諭すような口調で名を呼んでやる。左手は相変わらずゆるゆると動かしながらも、ヴェストの唇への愛撫を忘れない。時折、顎や頬にキスを与えながら、強情なその唇に唾液を塗りこんでいった。
 次第に唇同士に隙間が生まれ、駄目押しとばかりに俺が少し強めに左手を動かしてやると、甘ったるい声と共にそこがようやくひらいた。
「は、ァんっ! ァ、あ……や、いやだ…っ」
 大の男が、子供のようにぱさぱさと頭を振って何かを拒む。俺の下で、俺よりずっと屈強な弟が見せる弱々しい仕草に、不覚にも腰が鈍く痺れた。
「なんだよ……何が嫌なんだ? 痛いか?」
「ちが、う。こ、こえが……声が、はずかしい」
 後半はほとんど消え入るように言葉が押しつぶされていった。けれどこの至近距離にいる俺にははっきりと聞こえ、その事実がヴェストの羞恥を更に煽ったらしかった。頬が僅かに紅潮し、ばつの悪そうな顔で俺と視線を合わせないようにするヴェストにもう一度深く口付ける。拙く応えるヴェストに、さらに愛しさが募った。
 俺の弟ほど、こんな恥らう姿の似合わない男はいないだろう。それなのに、この強靭な肉体とそれに反して俺にだけ見せる弱さ。そのアンバランスさが、俺の欲を掻き立ててたまらない。
「うっ……ぅ、ふっ……」
「んァ、あ…おまえは、声すら俺のなんだよ。だからちゃんと聞かせろ。ちゃんと口あけて……そう、いい子だな」
 渋りながらも素直に口をひらいたヴェストを褒めるように、まぶたや額に唇をつけた。
「ァぐっ……はぅ、あぁ…あ、オスト……っは、あぅ……!」
 陰茎の下、皮膚の薄くてやわらかい部分をぐにぐにと指で押してやる。くすっぐったいのか、それとも微妙なその刺激に戸惑っているのか、ヴェストはくすぐったそうに腰を引いた。けれど密着している俺から逃げることは出来ず、俺はそこから指を滑らせて睾丸の間をつつくようになぞった。
 幹がかたく立ち上がっているために引っ張られている袋を人差し指だけで持ち上げ、弾くようにして落とした。びくんっ、とヴェストの体が今まで以上に大きく震えた。痛かったのだろう、目尻に涙を溜め、恨めしげに俺を睨みつけてくる。普段の威圧感はどこへやら。目つきが悪いのは相変わらずだが、俺にはその表情も可愛く見える。まったく、俺の頭はどこかおかしいのかもしれない。今さら、だけど。
 指をもっと下にやって、奥の窄まりに触れる。指の腹でやわく押し、飲み込ませようとしたがヴェストが痛みを訴えてきた。
「い、っ……痛い、オストっ! そんなっ、無理だ……はいらな、い」
「あーやっぱ無理か。悪いなヴェスト」
 ヴェストは俺を見上げて咎める。俺は一度ヴェストから手を離し、いつもそれをしまってある引き出しに手を伸ばした。ごそごそと漁ると目当てのものは簡単に俺の指に引っ掛かる。
 正方形の密閉した袋に入っているのは、本来なら男女間で使用されるはずの避妊具。袋を破くと、ぬるりとした潤滑剤が俺の指を汚した。その指を袋の中に突っ込み、中指にそれを絡めた。その濡れた指を、先程拒まれた箇所へ押し込める。
「んっ……う、ぐっ…」
 異物が入り込む感覚にやはり慣れないのか、ヴェストは苦しげに喉の奥で声を潰していた。潤滑剤の力を借りて、俺の指が根本までヴェストの仲に埋まった。それをゆっくり引き抜き、またゆっくり押し込んでやる。
 緩慢な動きを何度も繰り返していると、次第にヴェストの腰がゆらゆらと不自然に動き始めた。たぶん、無意識なんだろうな。たりない、とでも言いたげに、時折ぴくんと痙攣するような動きを交えて俺の指を貪ろうとしてくる。
「腰、揺れてんぞ変態」
「ぇあ、あっ……!?」
 やっぱり無意識での行動だったらしく、俺に指摘されて初めてその不自然な動きが収まった。代わりに、ヴェストは羞恥で破裂するんじゃないかってくらい顔を赤くして、その顔を腕で隠そうと必死になっている。
 俺はその腕を外そうとも思ったが、自分の体を支えるのとヴェストのなかを弄るのでいっぱいいっぱいだったから、その腕にキスするだけに留めておいた。しっとりと汗ばんだ皮膚に舌を這わせる。しょっぱい。
 厚い皮膚を食み、ごつごつとした筋肉質な腕を俺の唇で撫でていく。そのまま肘から二の腕にかけてを舐め上げ、筋肉の溝を一筋ずつ舌でなぞった。そのままぴちゃぴちゃと舐り、唇をぴったりとつけて吸い上げた。ぢゅ、と醜い音がして、唇を離した箇所が赤く鬱血していた。
 それを幾度か繰り返し、右腕だけに赤い痕をいくつもつけていく。同時にぐちゅ、となかを抉る指を動かすと、甘ったるい悲鳴が上がった。
「ひ、ぃあ……ぅんっ、んっ…は、はっ……オスト、あぅっ……」
 ぐぷぐぷと卑猥な音でヴェストの聴覚を犯し、腹の中を直接指で探る。第二関節あたりまで埋め込んで指を曲げると、一部かたくふくらんだ箇所に指先が当たった。そこを撫でると一際高くあまい声が上がることに気をよくし、しつこくそこばかりを押しつぶすように擦ってやった。
「ひあ、あぁァッ! あぅ、うぐっ……は、アぁ!」
 羞恥に染まった顔を隠すためだった腕はいつの間にか外され、その両手が頭の横のシーツをぐしゃぐしゃに掴んでいた。ヴェストは必死に顔を逸らし、湧き出た涙を顔のすぐ横にあるシーツに擦りつけながら、大口を開けて濡れた声で喘ぐ。
 俺は甘ったるく引き攣ったヴェストの声に口の端がつり上がるのを感じた。さぞ、極悪人のような顔になっていることだろう。はあ、と漏れた自分自身の溜息が、思ったよりも欲望に濡れていることに驚いた。
 ぬめる液体で濡らしたそこに、指をもう一本押し込む。ヴェストはその増えた圧迫感に苦しそうな顔を見せたが、痛みを訴えることは無かった。調子に乗ってぐちゅぐちゅと激しく抜き差しを繰り返すと、ヴェストの熱が今にも達しそうなほど脈打った。
「っは、うぅっ……んっ、う!」
 うるさく喘ぐその唇に舌を捻じ込み、ヴェストの舌を押さえ込んで好き勝手に蹂躙していく。どろどろと唾液が零れ、口の周りが透明に汚れていくことも構わず。さらにはお互いへたくそ同士だから前歯が唇や舌に当たって痛いのに、それでもがつがつした貪るようなキスをやめようとしなかった。
 奥歯の裏側、つるりとした部分を舌先でつつき、ヴェストの舌の付け根を押さえつけるようにしてくすぐってやる。一度顎を引き、角度を変えて再び深く深くに舌を絡ませていった。粘液を纏った舌同士を擦り合わせ、ちゅ、と軽く吸ってはまた角度を変えて貪りあった。
「ん、っぷぁ、あぅ……オスト、っ!」
「は、っ……はあ、ヴェスト…ヴェスト……」
 俺たちのみが呼び合う特別な名前を、今までつながっていた唇に乗せる。それに引き寄せられるように、今度は触れるだけの幼いキスを交わした。

 先程封を切った袋の、今度は液体ではなく固体のほうを指先に摘んで引き出す。幾度か擦ってかたさを増し、そのまま片手で着けようとしたが上手くいかず、結構間抜けな姿を晒してしまった。仕方なく上体を起こして両手でそれを被せ、ヴェストの太くて長い脚を割り開いた。
 指でほぐしたそこに押し当て、ぐっとめり込ませていく。きついそこに捻じ込む痛みに漏れる声を、喉で押しつぶした。
「っく、ぅ……!」
「ぁ……あ、あ゛ぅッ…! ァひ、いっあ……はっ、あ、ああっ…」
 ヴェストは俺以上に苦しそうに眉根を寄せ、抑えきれない悲鳴を唇の隙間からぼろぼろと零していた。目尻には涙が溜まっており、今にもあふれそうだった。
「い゛ぅっ、あ、ひッ……」
「ッあー……あ、あっ…は、ァッ……」
 互いに切れ切れの嬌声を噛み殺しながら、俺はみっともなくヴェストを求めて何度も名前を呼んだ。ぐずぐずにとろけたところを何度も擦り、揺さぶる。荒くなった吐息で部屋を満たして獣じみた行為に没頭した。
 ぐ、とヴェストの両足をギリギリまで開かせ、もっともっと奥を求めるように腰を押し進めた。あまり柔軟性の無い体が痛みを訴えて引き攣ったが、足を押さえて体を折りたたむようにして強引に押し入った。胸元にキスを落とすことでヴェストの苦しげな声を誤魔化す。限界まで開かせた足の付け根の皮膚が突っ張り、窪んだ箇所に指を這わせるとヴェストの甘い声がまた上がる。
「っひ、あ、あァッ……! あっ、あっ、ッン、はっ……」
 突き上げるたび、リズミカルに声が揺れる。名前を読んでやると、ぎゅっと閉じられたまぶたが睫毛を震わせながらそっと開いた。水分を孕んだ瞳はとろりと溶けて、あおい色が欲望をはっきりと浮かべたまま俺を捉えていた。
 ヴェスト、と空気をたくさん含んだ声で呼んでやれば、オスト、と応えてくる。その唇になんとかキスしたくて、無理な体勢でぐっと顔を突き出して唇をひらいた。ヴェストもそれに応えようと、上体を少し起こして俺の唇に触れてきた。ほとんど噛み付くようにぶつけるだけのキスだったけれど、ひどく心地よいキスだった。
「ンッ……はぅ、うっ…うぐ、あっん……」
 シーツを掴んでいた両手はいつの間にか俺の背中に回され、ぎちぎちとその短い爪が俺の皮膚にきつく食い込んでいた。時折、不規則な動きを加えて揺さぶってやると、予測していなかったのであろう刺激に引き攣れた声が上がり、食い込んだ爪がさらに強く俺を傷つけた。少しくらい、血が滲んでいるかもしれない。
 本来ならば不快なものでしかないはずのその痛みも、ヴェストの指先が俺に与えているものなのだと思うとひどく興奮した。俺に痛みを与えるつもりなんてカケラもない、俺のいとしい弟。無意識とは言え、俺の肌に傷をつけていることを知ったらきっと泣いてしまうのだろう。伝えてみようか。むくむくと芽生えた悪戯心に逆らえず、俺は快楽に攫われてしまっているヴェストに声をかけた。
「なあヴェスト……爪、いてえんだけど」
 わざと申し訳なさそうに、けれど本当に痛がっているように装って、ヴェストにそう伝えてみた。途端、ヴェストはあおい瞳が零れ落ちるんじゃないかってくらいに目を見開いて、目尻にギリギリで溜め込んでいた涙を惜しげもなく流し始めた。慌てて俺の背中に回した腕をほどき、やり場のなくなったその手にちらりと視線をやった。爪の先が赤い。
 ああ、本当に血が出ていたのか。別に構わないし、むしろヴェストならもっと俺に傷を刻んでもいいくらいなのに。それなのにヴェストは絶望したようにぼろぼろ、ぼろぼろととめどなく涙を流している。
 俺は律動を止め、いっぱいに開かれたあおい目を覗き込んだ。
「ぁ、あ……す、すまない…オスト、すまない、俺、おれは……っ、ご、ごめんな、さ……!」
 『ごめんなさい』、ときたか。
 その僅かに赤が付着した手が虚空を掻き、ぱたりと落ちた。まるで子供みたいに嗚咽を漏らして泣きじゃくる弟に、昔の姿を見た。子供の頃から強がりで、滅多なことでは泣かなかった。けれど本当に自分を責めたり、どうしようもなく怖い目にあったりしたときには、今みたいにしゃくり上げて大粒の涙を流しながら俺に縋ってきていたっけ。
 あの頃は小さな指先に乗った爪がいくら食い込んでも俺に傷なんてつかなかったのに。今ではこんなに大きく成長し、力も強くなっていともたやすく俺に血を流させることが出来る。その事実が、ただひたすらにいとしかった。
「大丈夫、……大丈夫だ、ヴェスト。ごめんな。泣かなくていいんだ、俺は平気だから」
「……にいさ、ん」
「うん、大丈夫だからな。いい子だ……泣くなよ、ヴェスト」
 ヴェストの右手をとり、俺の血でほんの僅か汚れている爪の先に唇をつけた。指の先端、爪だけにキスをして、一本一本丁寧に唇で拭っていく。五指すべてをきれいに拭き取り、その手を先程と同じように俺の背中に回させた。
 怖がるようにびくりと震えたが、俺が名前を呼んでやるとおずおずと左手も背中に回してくる。
 ぎゅ、とヴェストが両腕で俺に抱きついたことを確認して、俺は律動を再開させた。
「あ、ンッ……! ひ、はぁ…あ、あっ、あ……」
「ッう……ヴェスト、っ」
「ひっ、ィ…あ、あぅ、うっ……んっ、つ、つめが、また」
「だぁから、平気だっての。……ッあ、あ、っく…あ、引っ掻いて、いいんだぜ」
 おまえのくれるもん、痛みも快楽もぜんぶ嬉しいんだから。そう伝えてやると、今までしおらしくて可愛らしかった弟は口元を僅か笑みの形に歪めた。
「っふ、あ……あ、っん…マゾ、ヒスト」
「ぶん殴るぞてめえ」
 急にくそ生意気でどこかサディストめいた憎らしいことを言い出した弟を、本気で殴ってやろうかと思った。腹いせに、ヴェストのひくひくと震えるそれに指をそろりと這わせる。ゆるゆると撫で、ヴェストよりも長い俺の爪を不意にその先端に突き立てて食い込ませた。突然の刺激に、ヴェストはみっともないくらい甘ったるい声でないた。
「ひあァッ! あ、あっ、んァ、アアッ……っは、ぅ、うっ、オスト、ぉっ……! い、いたっ……ひぅ、ぐっ、オスト、痛いっ」
「っはは……痛いのに、……ッン、あ、あっ、こんなびくびくさせてんのか? マゾヒストは…っは、ァ、おまえの方じゃねえの」
 獣のような荒い呼吸。鋭さの無い牙で、鎖骨や喉元に何度も噛み付いた。ねばついた水音を響かせ、ヴェストの腹の中をぐちゃぐちゃに掻き回していく。
 そして、今日何度目になるのかもう数えることすら億劫なほど繰り返したキスを、もう一度ヴェストと交わした。背筋がしびれるような快感を覚え、ぐりぐりとヴェストが一番感じる箇所を無遠慮に擦り上げていった。
「っは、あ、あっ……あぁっ、ひ、ンぁ…も、いく……っ! ッンああぁッ!」
 縋りついた腕が、きつく俺を抱きしめた。爪を立てていた手で、今度は全体を握りこむようにして動かしていく。とても片手には収まりきらない、(認めたくないが)俺よりおおきなものをきつく扱いた。どろどろにとろけきっていたそれは、俺の手によって与えられる刺激と中を抉られる愉悦に耐え切れず、ヴェストの浅ましいほどの嬌声に引きずられるようにして精液を吐き出した。
 少し遅れて、俺も無機質なゴムの中に熱を吐き出す。しばらく、俺とヴェストの間は欲望の残滓に湿った吐息ばかりに支配された。



 情けなく溜まった精液の処理を済ませ、先程脱いだシャツを拾い上げてベッドに戻った。ヴェストはまだ呼吸の荒いままシーツに身を沈めており、視線だけがこちらを向いている。
 くたりと力の抜けた重たい腕を持ち上げて、不自然に濡れた黒いタンクトップを脱がせる。億劫そうに腕や背中を上げて俺に従ったヴェストの、口元や腹のあたりをそれで拭いた。非難めいた声で呼ばれたが無視してやった。
 ボタンを留めるのも面倒で、俺は白いシャツを羽織るだけですぐ布団にもぐりこむ。さっきヴェストに引っかかれた背中が少しだけ痛んだけれど、別に気になるほどでも無いので放っておくことにした。もう血も出ていないだろうし、そのうち塞がるだろう。
 体温の上がったヴェストの胸板に耳をつけ、いつもより早く脈打つ心音を聞いた。甘ったれみたいにヴェストの胸に擦り寄る俺に呆れたような溜息をつきながら、それでもヴェストは大きな手のひらで乱暴に俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
「腰いてえ」
「……それは普通俺の言うべき台詞だと思うんだが」
「うるせえ。疲れるもんは疲れるんだよ」
「貧弱だな」
「ほんっとに殴るぞ」
 殴る代わりに、べちっ、という間抜けな音を立てて手のひらで腹を叩いてやった。くっきりと割れた腹筋は俺の可愛らしい攻撃にはびくともせず、その主も平然とした顔で相変わらず俺の髪をぐしゃぐしゃにすることに心血を注いでいた。
「髪、乾いてしまったな」
 行為に及ぶ前までは湿っていた髪が、今はぱさぱさに乾いて普段どおり跳ねている。ヴェストはその一房を指で摘んで、すぐに放す。さらりと綺麗に落ちたりしない、痛んだ髪。それはヴェストも同じで、俺が手を伸ばして髪を触ってやると褪せて痛んだ金髪が俺の指先に硬い感触を残した。
 互いに髪を触りあっている妙な感じがおかしくて、俺たちは顔を見合わせて少し笑った。
 そのまま吸い寄せられるように唇同士を重ね合わせ、慈しむようなキスを交わした。やっぱり、へたくそだけど。
 指を絡め、手のひらの距離をゼロにする。触れ合った手は温かく、そして、俺の手も先程とくらべて随分とぬくもりを持っていた。
「おまえの体温、もらっちまったな」
 冗談めかしてそう笑うと、思ったよりも真剣な声音で「ああ」と返ってくる。
「おまえになら、全部やったって構わん」
「ばか、そうしたら俺が困るだろ。おまえはいつでもあったかくいてもらわねえと。おまえの体温を俺が全部もらっちまったら、誰が俺をあっためるんだ」
 バカだなヴェストは。そう笑ってやると、ヴェストは少し困ったような顔をして、すぐにその表情を緩めた。滅多に見せない、ぎこちないながらも穏やかな微笑みがどうしようもなく愛しい。
「俺をあっためるのは、おまえの役目だろ」
 ぴったりと肌を合わせ、もう一度とろけるほどに優しいキスをする。
 ほんの僅か分け与えられたぬくもりが、全身を包んでいくのを感じた。











end.










































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 長くね? アレ、なんか長くね?
 原因は言うまでも無くエロです。

 普は体温が低く、独は体温が高いと勝手に思っています。
 それにしてもこいつら、始終チューしてやがる……。




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