無音の爪痕
その男は、彼のことが好きだった。象牙色の肌。漆黒の髪。やわらかな微笑み。落ち着いた声の優しく丁寧な口調。どれをとっても愛しいし、けれどそれら一つ一つが全てではない。彼という存在すべてが恋しく、その全てが欲しいとも思っている。
けれど、いらない。自分のものにしてしまえるような、そんなたやすい存在ではないし、手に入れてしまっては壊れてしまうのではないかとも危惧している。『何』が『どうして』壊れるのか、その男自身にも分かってはいないというのに。
「……はあ」
その男、トルコはいつも己の顔を覆っているのっぺりとした仮面を外し、苦々しく顔を歪めた。ぐるぐると悩み、そして諦めにも似た苦い感情が頭の中を満たす感覚に、自身を嫌悪していた。
どうでもいい。
いきつく結論は、いつもそこだ。どうでもいい。自分の抱く醜い感情、崇拝にも似たこんな恋情は彼に伝える気は微塵も無いし、かといって捨てることもできない。だから、『どうでもいい』ものなのだと切り捨ててしまうことが、自分にも、そしてたぶん彼にも一番いいのだ。そう思っている。
よし、と膝を叩き、あぐらをかいていた体を立ち上がらせて仮面を机の上に置いた。彼の顔を見に行こう。
――どうでもいい、のはずなんだがな……。
友人として会いに行く。それなのに仮面を外したのは、彼の目には仮面越しではない自分を映して欲しいと浅ましくも願ってしまったからだ。『どうでもいい』が聞いて呆れるな、と自嘲するように溜息をついた。
彼の家は、四季がはっきりとしている。彼はその移り変わりを愛し、楽しみ、共存してきた。
今は、彼の言葉で『ナツ』という。じっとりとした雨季のようなものが短期間で過ぎ、すぐにからりと乾いた季節がやってくる。それが夏であり、トルコはこの季節を気に入っていた。
玄関に向かう途中、偶然引き戸を開けて出てきた彼とばったり出くわした。呼び出す手間が省けたと思うと同時に、突然顔を合わせてしまったために驚いてしばらく言葉が出なかった。頭の中で思い浮かべていた人物が唐突に現れて驚かないほうがどうかしている、とどこか冷静な頭が言い訳を始めた。
「おや……トルコさん?」
「お、おう……悪ぃな、連絡もなしに突然押しかけちまって」
今の態度はおかしくなかったか。不自然なことは言っていないか。それが気になったが、彼――日本は驚いて丸くしていた目を穏やかに細め、大丈夫ですよ、と笑った。昔は大柄な自分に警戒を抱いて無表情だった日本が、今ではこんなにも柔らかく微笑んでくれるまでになったことが純粋に嬉しい。もちろん、純粋にだけでないことも、否定しきれない事実だが。
「出かけるところだったんなら、出直すぜ」
「いえ。夏の盛りに散歩でも、と思っていただけですから」
立ち話もなんですし、と促されるまま家に上がり、広い居間に通された。
日に焼けて褪せた色のい草。僅かに吹き込む暑い風と、それに撫でられ、ちりん、ちりん、と涼やかに鳴く風鈴。四季折々で違った表情を見せる彼の家は、やはり夏に来ても心地のいいものだった。
「それで、今日はどうなさいました?」
帽子を脱いで置いたテーブルに、日本は透明なガラスのコップを置く。いくつかの氷とよく冷えた麦茶をいれて差し出され、トルコはそれに礼を述べてひとくち喉を通らせ、視線を彷徨わせる。理由なんて、考えていなかった。
口ごもるトルコに日本は首をかしげ、返答を待つ。首をゆるやかに傾けた際に彼の真っ直ぐな黒髪が、さらりと揺れた。強い日差しの中でも色褪せない黒が、トルコは好きだった。
「んー、特に用があるってェわけじゃねえんだ。……あーその、ギリシャの野郎がよ、この前来たらしいじゃねえか」
「ああはい、いらっしゃいましたよ。春ごろでしたので、ちょうど桜がきれいに咲いていました」
「それだ。あのアホがそれを嬉しそうに自慢しやがって、こりゃァいっちょ俺もあの野郎を出し抜いてやんねえと、と思ってな」
咄嗟に適当なことを口にしたが、日本はそれに頷いて、やはり柔らかに笑った。
「なるほど。本当にあなた方は仲が良いですね。私の家も気にって下さっているようですし……」
「誰と誰が仲が良いってェ? 冗談は程ほどにしといてくれやい」
「はいはい」
何がおかしいのか、日本は口元を隠してその細い肩を揺らし、くすくすと笑っていた。あの生意気で気に食わない子供と仲が良いなどという誤解を受けたことは腹立たしかったが、日本があまりにも微笑ましげに自分をその黒い瞳に映すものだから、怒りなど湧いてこなかった。
それでも表面上は唇を尖らせ、不機嫌そうに繕う。すると日本はまだ少し笑いながら、すみません、と謝罪を口にする。すみません、は彼がよく口にする言葉のひとつだ。謝罪と感謝、両方を兼ね備えた言葉なのだと言っていた気がする。
「では、そうですね……確か今日は近くでお祭りがあったはずです。ギリシャさんはまだお連れしたことの無いものですし、一緒に行きませんか?」
トルコは、飛び上がりたくなるほど嬉しい、という感情が存在することを今日この場で知った。ギリシャも行ったことがないものに、しかも日本と二人で行ける。特別、というほどのことでは無いけれど、それでも嬉しかった。
どうです、と問われ、考える間もなく二つ返事で了承すると、彼はふたたび僅かに微笑んだ。
折角ですし、と勧められたのは、日本の家独自のユカタという服だ。夏用に吸水性と通気性に富んだ生地で作られた着物で、この服を着て祭りに参加するものも少なくないという。
日本の勧めるものをトルコが断るはずもなく、やはりすぐに頷く。
「少し待っていてください」
そう言って日本は居間を出て、ぱたぱたと軽い音を立てながらどこかへ早足で向かった。トルコはその後姿が見えなくなるまで見送ると、視線を風鈴にやる。ちりん、ちりん。その音色は涼しげで、同時にどこか寂しそうにも聞こえた。夏を迎えたばかりだというのに、あの風鈴は既に夏との別れを惜しんでいるのだろうか。トルコにはそう感じられた。
氷が溶け、少し薄くなった麦茶をもうひとくち含む。からん、とここからも涼しげで寂しい音が聞こえた。庭の向こうで、ジワジワとセミが存在を主張する声が聞こえる。
再び、ぱたぱたと軽い足音。決して軽すぎず、そして重すぎない体重が木で出来た床を叩くと、あのような音になるのか。この家は、本当に音に満ちている。
「お待たせしました」
戻ってきた日本の腕には、布が収まっていた。濃いねずみ色と、くすんだ白が格子模様を描く布。それから、鮮やかな、それでいて派手すぎず落ち着いた臙脂色の幅広な紐。それらを広げると、確かに日本が今着ているような形の服になっていた。
しかし、着方が分からない。そんなトルコの表情を読み取ったのか、それとも最初からわかっていたのだろうか、日本は「着付けは私がいたしますよ」と手を差し出した。
その手に促されるまま、着ていた厚手のシャツとズボンを肌から離す。実のところ先程から暑くて仕方がなかったので、少し汗ばんだ肌に風が当たるのは心地よかった。さらに、そこに体温の無い布が触れ、ひやりと肌を冷やす。すぐに体温が移ってしまう布が体にまとわりつく。
失礼しますね、と一言の断りの直後、右、それから左という順で布が胸の前を交差する。どのように着るのかと不思議に思っていた布が着実に自分を覆う服になっていく過程を見守る……はずだった。
しかしトルコの視線は、自分の頭ひとつぶん近く低い位置にある黒髪に釘付けになっていた。温風に揺れる真っ直ぐな髪。時折その風に乗ってトルコの鼻腔に届く、不思議なにおい。これが彼の匂いなのか、と思うと、急速に顔が熱くなっていくのが自覚できた。
「はい、できました」
慌てて醜い感情を頭から追い払い、満足げに口元だけを小さく笑ませる日本から視線を外す。俯けるようにして顔を逸らしたが、それは己の体を包む服を見ているのだと誤魔化すことが出来た。
「トルコさんは体格が良いから、似合うと思っていました」
日本に、彼の家の文化が自分に似合っていると言われ、トルコはぎこちなく礼を述べた。本当に、嬉しかったのだ。
彼が、今自分の目の前でねずみ色の浴衣を纏っている男が突然訪問してきたときは驚いた。
自分の中に渦巻く感情の整理がつかず、逃避のために暑い町を歩こうと思っていた矢先、彼がやってきた。驚いたように、少し慌てたように目を瞠った彼のどこか無防備な表情は、胸のうちで燻る感情を刺激した。
本当は、そんなつもりなどなかった。ただ、本当に、純粋に彼と祭りを楽しむつもりでいたのだ。
けれど今、自分の目の前で、目だけをきらきらと子供のように輝かせ、自分が纏った浴衣を眺めている大柄な彼、トルコを愛しいと思ってしまった。手に入れたいと願い、その衝動に耐えることなど、本来日本にとっては容易いことのはずだったのに。
がっしりとした広い肩と、そこから厚い胸板、肩幅に反して引き締まった腰、太く長い足まですべてを包む濃いねずみ色。それを真ん中で締める、大人しくけれど鮮やかな臙脂色。そのコントラストと、このうだるような暑さに惑わされたのだ。そう、思い込んでしまおう。
ぷつり、と何かが焼き切れる音が、響いたような気がした。
「帯が少し曲がっていますね。直しますから腕を上げていただけますか?」
おう、と何の疑いも抱かず素直に腕を上げる彼の腰を、両腕で抱くようにして後ろに回す。する、する、と指先で帯の少し上を、浴衣の生地の上から撫でる。耳を彼の胸につけるようにしなければ彼の腰に回せない己の短い腕に、今ばかりは感謝した。
身を竦ませるようにして揺れる体に、「動かないで」と諭すと震えは止まる。背が高く、筋肉も自分よりはよっぽどついている頑丈なからだが、自分の言いなりになっているという妙な征服欲が満たされた。心地良い。
帯を直すふりをしながら腰のあたりを撫で、同時に彼の胸に強く耳を押しつける。どく、どく、どく、と強く短く脈打つ鼓動が、直接伝わってきた。ちらりと窺い見るように視線を上げると、トルコは目元と頬の褐色を濃くし、眉根を寄せて睫毛を震わせていた。耐えるようなその表情に、ぞくりと何かが日本の背筋を駆け抜けた。
「一度解いてしまいますね」
丁寧に結んだ、臙脂色がするすると解ける。どこもずれてなどいなかった帯が、だらしなく解けてトルコの腰にまとわり付く光景は、なぜかひどく背徳的に見えた。ぱさ、と帯が畳に落ちる。
ああ、戻れない。彼はそう悟った。
がりっ、と肉を切る音がする。
何事かと視線を落とせば、信じられないことに黒髪の、ともすれば少年にも見えてしまいそうな男が己の肌に噛み付いてた。じくじくと響く疼痛に目を見開くと、日本が真っ赤な唇を真っ赤な舌で舐める姿が目に入った。
「な……!?」
何を、とも言えなかった。元からあまり光の無い目がトルコをぼんやりと映し出し、淫靡なほどに赤い唇がトルコの名前を形作った。
噛まれたばかりで薄く血の滲む箇所に、ねっとりと赤が這う。噛まれたのは鎖骨で、薄い皮膚はあっけないほど簡単に血を流す。傷口をきつめに吸われて、短い悲鳴がトルコの喉をついた。
肌を這う舌が徐々にせりあがり、喉仏に触れる。そこに甘くとはいえ歯を立てられ、命の流れる場所に凶器を突き立てられる恐怖に身を竦ませた。
驚いて畳の上にへたり込むトルコに、日本は無言でのしかかって容赦なく体重をかける。トルコの体格で日本を支えることは容易だったけれど、彼が日本を突き飛ばして逃げることは出来なかった。
「……っ、ア」
声帯を空気が通り、喉が震えた。その震えを舌に吸い取られたため、自分の恐怖が彼には味覚として伝わってしまったような錯覚に陥った。
何を考えているのかつかめない、淀んだ瞳が恐ろしくて、小柄な友人を止めようと大きな手のひらで彼を押し返した。やめろ、の三文字がどうしても喉から出てくれず、無言で彼の口元に手のひらを押しやる。
ぬる、り。思いがけず襲ってきた奇妙な感覚の原因は、日本だ。彼の、まるで別の生き物、怪物の類にすら思えるほどにうごめく舌が、彼を押しやろうとしたトルコの指に唾液を絡めてきたのだ。
まずは中指を口に含まれ、舌の先端が指の腹を刺激する。根本まで飲み込み、唇を窄めて指を引き抜くと、今度は人差し指と中指の間に赤が侵入する。汗ばんだ指のまたを丹念に舐め、彼の唾液にまみれた指がじゅるりと吸われた。肩がふるえる。
指から手の甲に走る、浮き出た骨に歯が立てられた。人差し指の骨が噛まれ、舐められ、唇でなぞるように爪の先へ移動する。薄く開いた口に迎え入れられそうになり、トルコは咄嗟に手を引いた。けれど日本は掴んだ手を離さず、無理矢理引き寄せて厚めの爪に歯を立てた。ばちん、と乱暴な音がして、人差し指の爪がいびつに欠けた。
そしてあろうことか、日本はその噛み切った爪を喉の奥に流し込み、唾液と共に一気に嚥下した。彼の喉が上下するさまを、トルコは半ば絶望して見つめた。
ある種、ひどく倒錯的な空間に惑わされていたトルコは、はっと我にかえり声を荒げて日本を呼んだ。うっすらと視線をトルコに合わせる彼に、もうやめてくれ、と震える声で懇願する。
返事は、薄い笑みで返された。
「ひ、ィ……!」
無言で、胸元の袷から手が差し入れられる。厚い胸板を撫でられると、その日本の腕に袷が開いていく。右の肩が露出したところで腕が引き抜かれ、日本はトルコの肩に顔を埋めた。彼の体に跨るようにしてのしかかる日本は、僅かに震えていたような気がした。
「トルコさん、……――」
ほとんど空気だけで構成された言葉は、ごめんなさい、と小さく震えていた。
「ッ、あ゛ァッ、……っぐ、う、ぅ、ア、ッう」
そこらに転がっていた金属のチューブの中身を塗りたくり、なかをぐちゃぐちゃとかき混ぜる。うつ伏せにさせたトルコは、畳に膝を付いてその奇妙な感覚に耐えているようだった。額が畳に擦れて痛そうだな、とどこか凪いだ頭の隅でぼんやりと思った。
外はそろそろ空が赤く染まり始めた。先程までうるさいくらいに鳴いていた風鈴もセミも、今は死んでしまったように沈黙を守っている。もしかしたら、聞こえていないだけなのだろうか。今、日本に聞こえるのは、自分が組み敷いている男の呻き声だけだった。
帯という支えを失った浴衣は前が大きく開き、右肩だけが肌を出している。下のほうは腰の辺りまでめくり上げて、裾がゆらゆらと揺れるのを視界の端で捉えながら彼の内壁を乱暴に擦り上げた。
へその裏側あたり、ある一部のふくれた部分を指でぐりぐりと刺激すると、引き攣ったような声を必死に噛み殺しながら彼は喉を反らせた。きつく瞑った目の端で、水滴がきらきらと光っていた。
その気になれば、トルコは日本を突き飛ばすことなど容易だったはずだ。身長、体格、腕力、その他身体的能力は圧倒的にトルコの方が有利であったにも関わらず、トルコは抵抗らしい抵抗を見せなかった。「動かないで下さい」「おとなしくしてください」その言葉に縛られたように、トルコは日本のされるがままになっている。理由は、日本には分からない。
「っ、ん゛ー……ッ! う、ァ…っく、ふ、ゥ……っ!」
唇をきつく噛み、畳に爪を立てて耐えるトルコの声だけで、日本はひどく興奮した。逞しく筋肉のしっかりついた足が、時折逃げ出そうとしてざりっと畳を蹴る。けれどごつごつとした太ももを、やや濃い体毛と共にざらりと撫で上げればその抵抗は止み、代わりに耐えるような声が上がった。
畳に食い込む爪は、ふやけてぐにゃりと反り返っている。先程日本が爪を噛み切った指はどうやら肉まで切ってしまったようで、畳に少し血が付着していた。
ぐずぐずにとろけた箇所に捻じ込んでいた数本の指を引き抜き、白い褌で覆っていた熱を臀部の割れ目に押し当てる。ずりゅ、と数度、割れ目をなぞるようにしてこすり付けてかたさを増すと、先程まで指で拡げていた箇所にゆっくりと押し込んでいった。
「……ッ! っぐ、あ、あ゛ァッ! ひッ…い、いてェ……っ、にほ……さ、あ、あ゛ッ」
体を引き裂かれたかのような、悲鳴じみた声が上がる。爪が欠けて血が滲む指と、隣の指のきれいに切り揃えられている爪が、色褪せた畳を狂ったように掻き毟った。畳が毛羽立つほどに、ばりばりと爪を立てた。指先で滲んだ血は、畳にも吸い込まれる。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、トルコさん……ごめんなさ、い……!」
痛みと苦痛を訴えるトルコの声を謝罪で無視し、日本は容赦なく腰を進める。罪悪感と快楽で、押しつぶされそうだった。
浅く早い呼吸で喘ぐ、がっしりとしたトルコの腰を掴む。体が快感に付いていけず、短く息を引き攣らせるトルコの中を、乱暴に抉り始めた。また、悲鳴のような低い呻き声が厚ぼったい唇から転げ落ちていった。
めちゃくちゃに中を引っかいて、腰にも爪を立てる。その痛みにびくん、と仰け反り、左肩にかろうじてかかっていた浴衣もずり落ちていった。反り返った褐色の背中が視界に映る。その背中にも、日本は少し伸びた爪を立て、きつく引っかいた。褐色が濃くなった。
「イ、……っ、あ、う゛ッ…! ンン゛っ、っふ、ふう゛ッ!」
背骨のくぼみを重点的に傷つけられ、トルコは歯を食いしばってそれに耐えた。それが、痛みなのかそこからくる愉悦なのか、どちらにも分からなかった。
背中を離れた日本の指が向かった先は、揺さぶられてひくひくと震えるトルコのもの。それに細い指が絡まり、粘着質でどろどろした音を立てて擦り上げる。引き締まった背中の肉とふくらはぎに力がこもって筋が浮き出る。噛み締めたトルコの口の端から、だらだらと唾液が流れて畳の色を変えた。
「あ゛ぅッ! っは、あ、あァ、……っく、ぅ、ア、ア」
「っは、はぁ、あッ、あ……はぁッ、っあ…!」
双方の息が荒くなる。
トルコのふくらはぎとつま先がびくびくと震え、日本は彼の中を擦る速度を上げる。へその裏辺り、先程みつけたそこを重点的に擦り付けると、あっけないくらいすぐに、日本の右手のひらがトルコの吐き出したもので白く汚れた。
少し遅れて、限界ギリギリで引き抜き、既に倦怠感でぐったりしているトルコの尻から腰の辺りに日本の吐き出した白いものがかかった。
日本は、泣いていた。
慌てて取ってきた白い手ぬぐいでトルコの体を、半ば力任せに擦るようにして払拭しながら、泣いていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私、は…なんということを……ごめんなさい、トルコさん、ごめんなさい……」
トルコには、日本の心が見えなかった。体中を満たす倦怠感と、鈍痛。それに、体とはまた別の――どこか、心とでも言うべき場所が、ひどく痛んでいた。このまま朽ちて腐り落ちるのを待つばかりなのかと思えるほどに、痛んだ。
トルコの体を拭う手は、がくがくと震えている。怯えるように、何かに苛まれるように震える細く白い手を取ってしまえれば、互いにとってどれほど良かっただろう。けれど、トルコはそうしなかった。できなかった。その瞬間、何かが壊れるような気がしたからだ。
『何』が『どうして』壊れるのか、トルコ自身にも分かっていないのに。
俯いて、トルコを見ようとしない小柄な男を見下ろし、手を差し伸べた。けれどその大きな手は、彼に届く前に日で褪せた畳に落ちた。
藍色に染まった空の向こう、明かりは見えれども祭囃子は聞こえてこなかった。
end.
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トルコは和服が似合うと思います。
所要時間:三時間。