ケストリッツァー・シュヴァルツビア





 誘ったのは俺からだった。なんか疲れてるような顔をしていた可愛い可愛い弟の背中を叩き、飲もうぜ、と笑う。
 弟も俺様の優しい気遣いに一瞬きょとんとしたが、すぐに少し困ったような笑顔を浮かべて頷いた。こういう時のヴェストの困った笑顔というのは、大抵が「凄く嬉しい。お兄様ありがとう大好き!」って言いたいときの笑顔なんだって、俺は知ってる。
 ジョッキにどぼどぼと注いだビールが次々と空になっていくのを、俺はげらげら笑いながら囃し立てる。どうも本気でストレスがたまっていたようで、元々のビール好きと相まって今日はとんでもなくペースが速かった。しかもそこで、俺様秘蔵の年代物のワインに目をつけるんだから我が弟ながら恐ろしいやつだ。
「にいさん、あれが飲みたい」
「は? あ、いや、あれは駄目だって。俺様とっておきの――」
「……にいさん」
「おっしゃあ任せろヴェスト、ン十万が何だってんだ!」
 その時既に酔いが回っていて、普段なら滅多に、というか全然してこないヴェストの直接的な(しかも目を潤ませて舌足らずに兄さんと呼んでくる必殺技まで使っての)おねだりに、俺は気付けばとっておきのワインのコルクを抜いていた。さようなら俺様の数十万のワイン。
 そんな大切なワインも酔っ払いにかかれば水同様。ざぶざぶと流すように飲み干され、あっという間にボトルは空になっていた。悔いはない。悔いはないが、納得いかない部分もあったというのが本音だ。まあ、可愛い弟が普段は見せないへにゃりと力の抜けた笑顔で「うまい」と呟く程度には味わってもらえたのだから、ワインとしても本望だろう。
「ってちょっと待て、俺の分は?」
「あ、あー……」
 ふらりと視線を彷徨わせるヴェストに俺はがっくりと肩の力を抜く。おい、こら、一人で全部飲み干すってどういうことだよ。
 流石に俺の落胆した姿に罪悪感が湧いたのか、ヴェストは何度か兄さんすまないと呟く。はあ、と大袈裟に溜息をついて、もういい、と言えば親に叱られた子供のような泣きそうな顔になるヴェストがどうしようもなく可愛い。
 もうそんなに気にしてなどいなかったが、まだいくらかからかってやろうと企てていたら、ヴェストが無骨な手で俺の袖を引く。なんだ、と振り返ると、その言葉をすべて言い終わらないうちにヴェストの唇が俺の唇に押し付けられ、ねっとりと舌が絡められた。ふわふわ香る、ぶどうとアルコールのにおい。
「ん、ぷぁ……これで、許してくれ」
 許しますとも、ええそりゃあもう。


 そんな感じで俺たち二人だけの酒盛りは、深夜まで続いた。
 途中からビール樽も少なくなり始め、俺がとっておいた他のワインやらウイスキーやらを空けていた。
 日付をまたぐ頃になると、俺の数倍のピッチで飲み進めていたヴェストはもうぐでんぐでん。べろべろのどろどろに酔っ払い、外では絶対に見せないようなでろでろの姿でテーブルに突っ伏し、それでも右手からグラスを離すことはなかった。
「おーいヴェスト、生きてるかー?」
「ん、んぁー……はふ、ぅいひひ、あーだいじょうぶ、だいじょうぶ」
 その姿とでろでろの口調を見て、誰がこいつを『大丈夫』と判断できるんだ。
 ヴェストはぐらぐらと揺れながらゆっくり体を起こし、手に持っていたジョッキに残っている最後のビールを飲み干す。豪快に喉を鳴らして、それはそれは美味そうにビールを飲む弟の姿に、俺は呆れながらも少し笑った。
 それまで机を挟んで向かい合わせに座っていたが、俺も酔って揺れる体をなんとか支えながらヴェストの横に腰を下ろす。ぐしゃ、とワックスでかためられている髪に指を突っ込み、乱暴に掻き混ぜてそのオールバックを乱してやった。無理矢理肩を引き、頭を俺の肩にもたれかからせる。
「ん、っうー……」
「ヴェスト、疲れてたのか?」
「……ああ」
「どうした?」
「しごと、が……いそがし、くてイタリアはアレだしにほんも、ぁあ、いや…フランスだってあいかわらず、…ん、ぅ……」
 支離滅裂に、ぽろぽろと零していく言葉をひとつひとつ拾い上げる。どうも、本当に参っていたようだ。ヴェストはその生真面目で面倒くさい性格をしているが故に、中々ストレスを発散させることが上手くできない。昔からそうだった。
 だからこうして時々酒の力を借りて甘やかしてやると、こんな風にぽろぽろと本音を少しずつ零していく。
 ぽつぽつと語る言葉の中に、俺の名前が混じり始める。うん、うん、とひとつひとつに相槌を打ちながら俺はヴェストの髪を撫でては語りかける。
 普段から飽きっぽく、長時間黙って人の話を聞いていることがあまり得意ではないと自覚している俺様が、だ。何時間もヴェストの支離滅裂な話に付き合って、時折ビールを舐めるように飲みながら相槌を打つ。それがどれだけ凄いことなのか、たぶんヴェストは分かってないんだろう。
「にいさんにあまえる……あまえ、うん、あまえたかったんだが……ああ、だからその、っあー…ちがう、あまえたいのではなく……」
「なんだよ、甘えたかったのか?」
「ちが……あ、いや…うん、そうかもしれない。にいさんは、かっこいいんだ」
 また訳の分からん話の飛び方をする。
 しかも、ほとんど面と向かっては言われないストレートな褒め言葉。不意を打つその言葉に、俺はアルコールのせいだけではない顔のほてりを感じた。
 うとうとと夢見心地で言葉を落としていくヴェストは、どんどん俺にもたれかかって体重をかけてくる。肩に感じるずっしりとした重みが、どうしてか心地よかった。
「にいさんはすごい、すごいのに……誰もしらないんだ、もう、にいさんがすごいって。おれはにいさんがつよくて、かしこくて…ぁふ、うたもフルートもうまい、って知ってる、うん、しってるから」
 肩に乗せていた頭がずるずると下がり、俺の膝の上にぽてんと落ちる。もうほとんど眠っているんじゃないかと疑いたくなるほどにとろけた青い目が、まぶたに覆われそうになりながらも俺の赤を覗き込んでいた。
 乱れて落ちてきている前髪を指先で撫でてやると、ヴェストはうっとりと目を細めた。
「俺は、おれはいまでも……にいさんがせかいいちかっこいい、ってしってるからな」
 とろけた笑顔で、自身満々にそんなこと言いやがるもんだから。
「……ーッ!」
「ふ、あははは、にいさん真っ赤だ。てれてるのか」
「うるせえ!」
「にいさんかわいいな」
 げらげらとヴェストにしては下品な声を上げて、俺の可愛い最愛の弟は笑った。くっそ、ムキムキに育ったくせに、こういう気の抜けた笑顔は相変わらず抱きしめてキスしてめちゃめちゃにしてやりたくなるほど可愛いじゃねえか!
 にいさんかわいいだいすきあいしてるかわいいかわいい! そう喚きたてるヴェストに、不覚ながら俺はどうしていいか分からずただ火照る顔を手のひらで押さえることしか出来なかった。

「ん、んぅー……にいさ、ぁん、もっとビール……」
「もうねえよ、おまえが全部飲んじまっただろ。あ゛ーもうマジ、ちゃんと歩けよバカみてえにデカい図体しやがって」
 ずるずると引きずるようにしてヴェストに肩を貸し、力の入っていない重たい体に必死に寄り添う。リビングには空になったビールの瓶やらジョッキやら、途中から注ぐのが面倒になったのかピッチャーごと飲み始めたバカが散らかしたものがいくつも転がっている。しかしまずはこの愛すべきバカ弟を部屋に運んでやらないことにはどうすることもできない。
 ぐでんぐでんになったヴェストなんていう珍しいものを抱えて、俺はのたのたと廊下を這いずった。
「ん、ぃひひ……にいさん、かわいい」
「あーハイハイ、それはさっき聞いたって」
「棚、きっちんの棚の奥に、にほんから貰った酒があるからぁ」
「だぁから! もう飲ませねえって言ってんだろ。っていうかおまえそんなもん隠してたのかよ。今度俺様も飲むからな」
「んー、いま飲む……」
「ダメ」
「にいさんかわいい」
「分かったっての。おまえも可愛いよ、俺のヴェスト」
 酔っ払いとの会話は不毛だと分かっていても、ヴェストが俺に向ける言葉にはすべて反応を返してしまう自分が恨めしい。三回に一回くらい「にいさんかわいい」を挟みつつのヴェストとの会話は、正直心臓が痛くなる。酔っ払いの言葉とはいえ、ヴェストの口から「にいさんかわいい」なんてものが出てくるとかレアすぎる。がんばれ俺の理性。
 そうこうしているうちにヴェストの部屋に到着し、乱暴に足でドアを蹴り開けた。ぐにゃりと力の抜けたヴェストをベッドに放り投げてようやく俺の仕事が一段落する。
 ぽーんと軽く投げ飛ばされたヴェストは綺麗にベッドに納まり、とろんとした瞳をこちらに向けてきた。
「にいさん」
 さて、甘えるように両手を広げてきたこの愛しい男に対して、俺はどういう行動をとるのが正解なんだろうか。
 とりあえずベッドの空いたところに腰掛けて、片手をヴェストの片手に絡めてやる。そうするとヴェストは親に甘やかされた子供みたいな笑顔を浮かべて、また「にいさん」と俺を呼んだ。
 甘ったるい声。アルコールにとろけて潤んだ瞳が俺を求める。
 ……ああ、もう。知らねえからな。

 ぐちゅっと下品な音。だらしなく緩んだ口元から垂れる唾液に口の周りをべちゃべちゃに汚しながら、それでもヴェストは俺とのキスに酔いしれる。ああ、と熱っぽい吐息が零れ落ち、それを掬い上げて口に含んでからまた深く貪った。
 ずるりとヴェストの口内から舌を引き抜いて、互いに荒くなった呼吸を整える。ぜえぜえと上下させる胸に手を伸ばし、くるくると円を描くように弄り回してやると黒いタンクトップ越しに乳首がかたくなっていくのが指先から伝わってきた。
 そこに布の上から吸い付いて歯を立ててやると、ヴェストは背中をしならせてびくびくと振るえた。 「ん、んぅっ! あ、にいさ……それ、きもちいい……ッ! もっと、もっと噛んでくれ…いたい、の好き…ぃ……」
 どろりと蕩けた口調で、けれどヴェストが口にするにはあまりに淫猥な言葉に、俺は慌てて指を引っ込めて口も離してしまった。だっておまえ、ヴェストがきもちいい、とか、もっとかんで、とか、俺に強要されずとも自らねだるなんて。くそ、酒の力万歳。
「や、ァッ! やめないでにいさん、噛んで、いたくして……ッ!」
 だらしなく半開きになっている唇は、先程からずっと兄さん兄さんと途切れ途切れながらも俺を呼び続けている。健気とも執念深いともいえるその姿に、背筋がぞくりと震えた。俺を求める弟に対する、ひどく熱を帯びた欲が破裂寸前まで膨れ上がっていた。

「んッ、ああ゛ァッ! っは、あ、ひ……ぃう゛、んっぐ…!」
 粘度が高く透明な液体を、ヴェストの下半身にこれでもかとかけてやる。ヴェストはべちゃべちゃと肌を濡らす人工的な愛液に震えながら、俺の指を飲み込んでいく。押し込んだ中指を体内で強引に曲げてやると、ヴェストは背中を引き攣らせて声を漏らしていた。
 内壁を指の腹で引っ掻くように何度も曲げ伸ばしを繰り返してやると、ヴェストはひんひんと嬉しそうにないて四肢を引き攣らせる。しかしローションにまみれた性器に手をやっても、そこはほとんど何の反応も示していなかった。
「ぁんだよヴェスト、こんな嬉しそうにあんあん喘いでるくせにたってねえのかよ」
「あ、はぁッ、にいさ……ひい゛ィ、っぐぅ…っ!」
「酒のせいか? バカみてえに飲んでたもんな、そりゃちんこもたたなくなるか。ったく、若いくせにだらしねえな!」
 先端を乱暴に弾いてやる。途端、ヴェストは涙を浮かべて声無く唇を噛み、痛みに耐えているようだった。その反応が気に入り、俺は何度か皮を抓ったり、わざと痛みを与えるように揉んでやったりしてヴェストが痛みに耐える姿を楽しんだ。
 仰向けで大きく足を開かせ、ぐにぐにと刺激を与えてやる。痛みと快楽を交互に施し、そのギャップに混乱して首を振るヴェストの頬を舐めるように口付けた。
「かわいいなヴェスト。痛いか?」
「ん゛ッ……いた…い」
 あおい目に薄く涙を溜めて、ヴェストは懇願するように俺を見上げた。いたい、にいさん、と腕を突っ張って俺を拒む弟の首筋に、俺は甘く歯を立ててやった。血の流れる管をべろりと舐めあげて吸い付くと、ヴェストは情けなく悲鳴を上げる。
 いたい、いたい、と子供のように喚く弟が少し哀れにも見えて、まぶたにキスを落として覗き込んでやると甘く兄さんと呼んできた。
「ごめんな、少し意地悪しすぎたか?」
「ひ、っい゛ぅ……にいさ、ん…っ! 兄さんに、いたいことされるの……す、すきだからやめないでくれ」
 意味わかんねえ。なんだよこいつの可愛さ、俺の心臓止めるつもりなんじゃねえの? 多分、俺は明日辺り死ぬ。むしろ今死ぬ。ヴェストの可愛さに殺される。
 性器をまた乱暴にこすってやると、本人の言葉どおり、痛みを与えられたそこは先程よりもすこしかたくなっていた。変態め。
 普段は生真面目に固められている前髪もぱらぱらと乱れて額にかかっており、その前髪ごと額にキスをしてやるとヴェストはうっとりと目を細める。そのままさっきも噛み付いた首筋に唇を下ろし、喉笛に緩く噛み付いた。はあはあとだらしない吐息が、薄い皮膚を伝って俺の舌に届く。
 きつく吸い付いて鬱血痕を残したのは、なんとなくだ。首筋にいくつか赤い斑をつけて、伸ばされた腕にもついでにひとつ赤く痕を残してやった。手首の少し下、比較的皮膚の柔らかい部分に唇をつけると、ヴェストはそれだけで嬉しそうに声を上げた。
 赤く染まった小さな斑を見て、ヴェストはそこ、自分の腕に舌を伸ばす。まるでキスをねだるように、俺のつけた痕をぺちゃぺちゃと執拗に舐める姿は、いやに扇情的だった。
「こーら。んなトコ舐めてるくらいならこっち舐めろよ」
 ヴェストが自ら舌を這わせている腕を掴み、ぐっと俺のほうに引き寄せる。思ったよりも素直に俺に手を引かれるまま体を起こし、ヴェストはそのまま俺に覆いかぶさるような体勢になった。基本的に俺がヴェストを組み敷くことが多いからか、なんか妙に新鮮な気分だ。最後に俺が下になったのはいつだったっけ。
 俺の手を濡らすローションをシーツで適当に拭い、ヴェストの顎をつかんで無理矢理顔を上げさせて唇を重ねてから舌を絡ませる。途端に香ってくる酒の香りになんとも微妙な心境になりながらも、へたくそなキスを交し合った。普段はお世辞にもあまり積極的とはいえない弟が、俺に息つく暇さえ与えないほどに乱暴に舌を捻じ込んでくる。ぐちゃぐちゃと口内を犯される下品な音に、どうしようもなく興奮した。
 ヴェストの後ろ髪を引っ張って引き剥がすと、ひどく不満そうな色をした青と視線がかち合った。
 ほら、と促してやるとヴェストはおずおずと体を下のほうにずらし、かたくなり始めている俺のジーンズ越しの性器に躊躇いなく唇を触れさせた。硬い布の上からちゅ、ちゅ、と何度かキスされ、ヴェストの舌はデニム生地を嬉しそうに舐める。ヴェストの唾液を吸ってジーンズの色が変わり始めたころ、ようやくヴェストの口か布から離される。
 フロントホックの引っ掛かっている布を噛み、そのままおもちゃを振り回す犬みたいに頭を動かしてボタンを外す。別に俺が指示したわけでもないのに、自ら口だけでジッパーを歯で挟んで下ろしていった。
 少し腰を浮かせてやるとヴェストは手で俺のジーンズと、ついでに下着も膝のあたりまで引き下ろした。アルコールに蕩かされた熱い吐息が敏感な皮膚にかかる。
「ん、……ヴェスト」
「にいさん……ぁ、んっ…ん、んぅ……」
 ねっとりとした口内に迎え入れられ、俺は背筋がぞくぞくと震えるのを感じた。
 平べったい舌全体で幹を舐り、先端は優しく愛撫するようにキスを落とす。くびれの部分に唇をひっかけて、わざと前歯を当ててきた。痛いようなもどかしいような、妙な快楽が俺を襲う。すぐさまそれをフォローするかのようにずぷずぷと根本まで飲み込まれ、ヴェストの鼻先が俺の陰毛をざりざりと擦った。
 ずる、と吐き出したかと思うと、再び顔を俺の性器に寄せる。けれど今度は飲み込まず、愛しげに両手で触れてそこに頬擦りされた。陰毛の生え際あたりをぺろぺろと仔犬のように舐められ、くすぐったさに眉根を寄せる。そのまま陰嚢の辺りも舌でなぞられ、俺はどんどん限界に追い詰められていった。
「んッ……あ、ヴェスト…ヴェスト」
「はぁ、あ、ぁんう……兄さん、出してくれ…のみたい、にいさんの……兄さんの、あ、ぁう゛っ、ザーメン、俺のくちのなかに出してくれ…ぇっ……!」
 色情狂じみた表情を浮かべ、ヴェストは真っ赤な舌を伸ばして大きく口を開ける。はあはあと犬みたいな荒い呼吸を繰り返すそこが、俺を求めてひくひくと震えていた。ヴェストの手に何度も擦られ、俺はぽっかりと口を開け、犬のように舌を突き出してはあはあと喘ぐヴェストの顔にべちゃべちゃと精液をぶちまけた。
「あ゛ーっ、あ……あん゛ぅっ…! っは、はあ、あ、にいさ……にいさん、にいさん…」
 開いた口、伸ばされた赤い舌、鼻や目元にまで飛び散った精液を、ヴェストは嬉しそうに受け止めていた。不自然につり上がった口元が淫靡に光る。
 酔いしれるように喉を上下させて口の中の液体を飲み干し、顔に撒き散らされた白いものも指で掬い取って口の中へ。上質な蜜を味わうかのような恭しい手つきにしばし見惚れた。

 兄さん、と懇願にも似た響きを孕む弟の声にはっとして、そのあおい目を覗き込む。欲を抱いてとろけた瞳が、何かを求めて揺れ動いていた。
 手を差し出してやると、ヴェストは俺の手の甲にそっと口付け、俺の指先を口に含む。さっきそうしていたように、ぴちゃぴちゃと唾液を絡めては吸い上げ、根本まで飲み込んで甘く歯を立てた。爪の輪郭をなぞるように舌が動き、唇を窄めて執拗に指先を愛撫してくる。
「ん、んっ……ぁう゛っ、んくぅ…ッ」
 不意に乱暴な手つきでヴェストを振り払い、差し伸べていた手をどける。ヴェストは今にも泣きそうな顔で必死に舌を伸ばし、俺の指を追いかけてきた。こら、と甘ったるく叱りつけて乱れきった髪をなでてやると、心地良さそうに目を細めた。その姿は、どこか飼い主に撫でられて尻尾を振る犬の表情に似ていた。
 でかくて重たいヴェストの体を引き上げて、さっきと同じ俺の上に覆いかぶさるような体制をとらせる。そうしてくるりと位置を入れ替え、今度は俺がヴェストを組み敷く形になった。膝のあたりに引っ掛かっていたジーンズが邪魔で、とりあえず右足だけ抜いた。しかし面倒になり、左足にジーンズが引っかかった中途半端なままヴェストに覆いかぶさる。ついでに、よりヴェストの体温を感じられるよう、着ていたシャツのボタンをはずして前をはだけさせ、俺の胸とヴェストの胸をぴたりと密着させた。皮膚を隔て、鼓動が微妙にずれたリズムで重なった。
 しっかり筋肉がついた、俺よりも太い腕が力なく震え、縋りつくように俺のシャツを握った。
 俺はヴェストのごつごつと隆起した太ももを手のひらで撫で上げる。色の薄い体毛に邪魔され、ざらざらとした感触しか無いのが少し残念でもあり、同時に俺を酷く興奮させた。
 こんなにも逞しく育った俺の自慢の弟。屈強でしなやかで、男くさい美しさを持つ俺のヴェスト。それが、意外と脆い精神を持ち、アルコールに蕩かされ、自分より小さくて細い兄に押さえつけられただけで抵抗という言葉が消えうせている。それどころか、自ら俺を求めて震える腕を伸ばし、ふやけた喉で何度も兄さん兄さんと俺を呼んでくる。
 大きな体で、まるで子供のような甘え方をする不器用な男が、愛しくて仕方が無かった。
 先ほどは何の反応もしていなかった箇所へ手を伸ばして撫でさすってやると、いくらかかたくなってひくひくと震えているのが手のひらに伝わってきた。喉の奥で声を潰したような音が漏れる。
 撫でていた指をゆっくりと下ろし、皮膚の薄い部分をなぞってからその奥の皺をぐにぐにと指で押した。ぐぷ、と中指の第一関節を飲み込んだところで、ヴェストの喉が引き攣る。
「ひ、っい゛ぁ……っ!」
 さっき垂らしていたローションだけでは足りなかったようで、ヴェストはぎゅっと眉根を寄せて痛みを訴える。俺はその辺に放り投げてあったボトルを手に取り、逆さまにして中身をどろどろとヴェストの太ももに垂らしていった。冷たさにびくんと身を竦ませるヴェストが、体はでかいくせにどこか小動物のようにも見えた。
 粘着質な音を立てながら濡れた皮膚を撫で、とろりとした液体を指に絡めて再びヴェストの体内に押し込んだ。
「ん゛、う゛ぅっ……!」
「あ? なんだよ、もう痛くねえだろ」
 膝を立てて開いている足がシーツを乱暴に蹴る。朱を孕んだ目元に唇を触れさせてやりながら、ヴェストの体の中の肉をぐにぐにと指の腹で押した。そのたびにヴェストは面白いくらいに足を突っ張り、昼間に自分がきれいに整えていたベッドを乱していった。

 ヴェストの中を乱す指を二本に増やし、三本に増やしたところでヴェストはとうとう泣き出してしまった。通常のこいつからは考えられないほど、幼い表情が俺の視界いっぱいに広がる。
「にいさん……っく、にいさ…んっ! もういれて、あ゛ァ、っ…兄さんがほしい、んだ……っ!」
 アルコールでとろけて、あまり力の入らない腕が俺の背に回され、ぎゅうぎゅうとしがみつくようにしてねだってくる。
「あー……ちょっと待てって、んなすぐにたたねえよ。俺の年考えろ」
 なかに埋めていた指をぐるりと抉るように回す。引き攣れた声でないたのは、今与えられた刺激に対してなのか、それとも意図せず焦らされていることに対してなのか。
 ひんひんと情けなく鼻を鳴らし、ヴェストは目尻からぼろりと涙を溢れさせていた。おねがい、おねがい、とそれしか言えなくなったかのように、普段はその片鱗すら見せない幼い声がねだる。
 今すぐにでも捻じ込んでやりたいが、さっきイったばかりの俺は若いヴェストと違って回復までに時間が掛かる。俺も年か。いや、若いけど。十分若いけど。存分に若さ溢れるお兄様だけど!
 指を抜き、ぐずるヴェストを宥めるようにして汗を吸った金髪にキスを落とす。ぴったりと体を密着させると、ぜえぜえと喘ぐたびに上下する分厚い体の熱が伝わってきた。
「っんぁ……にいさ、ん…兄さん、にいさんっ」
「う、あっ! ヴェスト、なんっ……あ、」
 突然、喉に甘い痛みが走った。どうやらヴェストが俺の喉元に噛みついたらしく、やわく歯を立てたり舌を這わせたりと拙い愛撫を施される。仔犬に甘噛みされるようなくすぐったい痛みが、仔犬とは似ても似つかないでかい図体をした男によって与えられる。
 それだけでなく、ヴェストは俺にしがみついていた腕をゆるゆると下ろし、俺のものに指を這わせてきた。下から撫で上げられ、ごつごつとした太い指が俺を攻め立ててくる。
「っは、ぁ……ヴェスト、っ」
「兄さん、にい、ひゃ……ぁう、んくぅ…」
 ぴちゃぴちゃと俺の首筋や喉仏を舐め回しながら、ヴェストの手が拙い動きで俺を高めようとする。何度もヴェストの唇が俺の首の辺りの柔らかい皮膚に吸い付いてきて、あーこりゃ俺がヴェストにつけたのとは比較にならないほど鬱血痕が残ってるんだろうなと思った。
「あっ、あ、あは……にいさんの、かたくなって…っ、きた」
 ヴェストの手の中でかたさを増してきたものを擦りながら、ヴェストはうれしそうに熱を孕んだ声でそう呟く。いれて、と舌足らずに懇願され、頭の中の理性という糸がじりじりと焼き切れていくのを感じた。

 体をずらし、ヴェストの腰を浮かせるようにして掴んだ。先端を押し当て、ぐっと押し込むとヴェストの喉からは悲鳴じみた嬌声があがる。
「あ、ア゛ぁーっ…! っく、う゛んぅぅッ、あ、あーっ……はいってる、にいさ、んが……お、おれのなかはいって、ぅう゛…ッ!」
 あおい両目から、ぼろぼろと涙が落ちていく。ずぶずぶと俺を飲み込んでいきながら、ヴェストの両腕が再び俺の背に回った。はあはあと熱い吐息が俺の耳元をくすぐり、じわじわと俺を犯していく。
 ヴェスト、と特別なその名を呼んだ自分の声が、思ったよりも熱を帯びていたことに俺自身が一番驚いた。
 ゆるゆると腰を動かすとヴェストの体はそのたびに揺れ、震え、俺にしがみつく腕の力も強くなる。
「っあ、あ゛ー……きもち、い」
「にいさん……にい、っさ…、あ、っう、ん゛……すき、ぃッ!」
 にいさんすき、だいすき、あいしてる。平素のヴェストは中々言ってくれないそんな甘ったるい言葉を、涙と同じくらいぽろぽろと零される。俺は疼くような快楽が体を駆け巡るのを感じながら、ヴェストを貪ることに夢中になっていた。
 力強い腕にしがみつかれ、けれどあまり力の入っていない腕が必死に俺に縋りつく。ぴたりと体を密着させるように近づき、く、と反ったヴェストの喉に舌を這わせる。べろりと舐めてからそこに歯を立て、何度も甘く噛み付いてやった。悲鳴に味があるなら、今のヴェストの声は相当甘いんだろう。
「あ、あ゛ーっ、にいさ、ん…兄さん、すき……あ゛ッ、ひぅ゛ぅ…っぐ、ぁう、ンッ! もっと、もっとおく、いっぱい……」
「っは、……はは、やーらしい。噛まれて、こんなとこに突っ込まれて……そんで何? もっと奥にいっぱい? はは…ほんと、変態じゃねえのおまえ」
「ぁう゛ッ、あ゛ァ、あ……あーっ、あ、あぁっ、にいさん、が…」
 俺が何? とわざとらしく問いかけてやると、ヴェストは涙やら涎やらでくしゃくしゃになった表情を歪めて、もごもごと言葉を飲み込もうとした。こんなに乱れきっているのは酒のせいだと、俺のせいだと、俺が触るからこんなにぐちゃぐちゃになっちまうんだって、そう言いたいんだろう。
 その言葉がヴェストの口から直接聞きたくて、俺はぐずぐずにとろけたそこを抉りながら、尚もしつこく問いかけた。
「なあ、言ってみろよヴェスト……俺が、何?」
 口を噤んで息を詰め、ふうふうと熱く乱れた呼吸に邪魔されながら、ヴェストは途切れ途切れに言葉を零す。俺の予想とは、違った言葉を。
「にいさ、っが……兄さんがおれの、なか…き、気持ちよくなってるのが……っうれし、…て」
 ――兄さんの体温が気持ちいい。兄さんに触られて嬉しい。兄さんが気持ちよくなってくれて嬉しい。
 とろんと蕩けた言葉で、ふやけた声で、ヴェストは荒い呼吸で喘ぎながら必死にそれらを伝えてくる。太い腕はしっかりと俺にしがみつき、己の持てる愛情を全て俺に注ぐかのような、深いキスをしてきた。……さっきフェラさせたから嫌な味がするが、もうどうでもいい。ヴェストの舌使いの拙さにも俺は興奮し、唇同士を重ね合わせたままぐずぐずと体内をいたぶってやった。
「ん゛ゥっ…! ん、んんーっ……っぷぁ、あ、ア゛ぁーっ!」
 耐え切れず零れた悲鳴は直接俺の舌に落ち、俺はそれを掬い取って飲み込む。唇を離してぽっかりと開いた唇はてらてらと涎を垂らし、最早言語を紡ぐことを諦めた舌が艶かしく見え隠れしていた。
 がつがつと貪るように腰を打ちつけ、汗ばんだ肌が触れ合う。心地よく軋む筋肉と、頭を痺れさせる快楽に溶かされる。ぴったりと体を密着させると、皮膚二枚を隔てて心臓同士が溶け合ってしまうような錯覚に陥った。
 アルコールくさい、ヴェストの吐息をまるごと飲み込む。唾液で口の周りをべたべたに汚し、嘗め回すような下品なキスを何度も交わした。
「ぃ、さ……にいさ、ぁん…っ! ふ、ぅ゛ーッ、あ、あ゛ァ…っ、いきた、……もう、イきたい…ッ!」
「は、っ…はぁ、だめ、に決まってんだろ……はぁ、あ、あー…っ、おまえ遅漏なんだろ? っはは、もうちょい我慢しろ、っよな……」
「ぃあ゛ァっ! や、いやだ…できな、っい、ぃ……ッ! にいさ、んっ!」
 あ、と思ったときには既に遅く、ヴェストは俺の左手を引っ掴んで己のものに導き、俺の手を使ってまるで自慰でもするかのように懸命に擦り上げた。
「んう゛っ……ひぃ゛ぁ…、あ、ん゛ァっ、あ゛あーっ!」
 びくっ、と大きく体を震わせ、ヴェストは俺の手のひらに精液を吐き出してひとりで果ててしまった。この野郎……!
 俺は腹いせに、射精しながらびくびくと震えている俺よりも大きな体を乱暴に突き上げてやる。イッたばかりの性器を、精液で汚れたままの手のひらで更にぐちゃぐちゃと音を立てて擦り上げると、ヴェストの混乱したような悲鳴が上がった。
「ぁあ゛っ、あ、あ゛ーっ…にいさっ、やめ……っ、あ゛ッ、出てる、出てるのに゛ぃっ! も゛、こすら゛な…っで……ぇっ!」
 涙まみれの懇願を無視し、俺は萎え始めているものの先端を円を描くように擦る。それと同時に中を、それもヴェストが一番感じる部分を強く抉ってやると、ヴェストは声にならない声に喉を震わせ、がくがくと痙攣して泣いていた。
「は、っ……あ、あ゛ァ…ッ! い゛ァ、あ、にいさ……にいさんっ…ぁあ゛、でる゛ぅ……ッ!!」
「ぁ? 今出したばっかだろ、まさかその年になってお漏らしか?」
 小馬鹿にしたように笑い、ぐりぐりと中を擦る強さと、先端部を撫でる手の速さを上げていく。背をそらすようにして腰を浮かせ、ヴェストはちゃんと呼吸できているのか怪しい息遣いで喘ぎ、短い髪を振り乱しながら首を振って何かに耐えようとしていた。
 その姿に俺の中の嗜虐心が掻き立てられ、乾いた唇を舐めながらヴェストの先端だけを執拗に手のひらで撫でてやった。
「あ゛あぁ……ッ! や゛ッ、も……っはぁあ゛…っふ、うぅ゛ー……ンッ!」
 ビクン、と一際大きくヴェストの腰が跳ね、喉が引き攣ったような音を上げてヴェストは下唇を噛み締める。
 次の瞬間、俺がしつこいくらいに攻め立てていた先端から、勢い良く液体があふれ出てきた。
「う゛ぁ……あっ、あぁー……っ」
 ヴェストは呆けたように口を開けて荒い呼吸と震える声だけを絞り出し、俺はその光景を眺めながら呆然とした。
 精液のような粘度も濃さもなく、断続的でもない。どちらかといえば排尿のように見えるが、あふれ出るものは無色透明で臭いもなく、尿ではないようだった。なんだこれ、俺はこれと似たものなんて、あれしか知らねえぞ。
「……っは、はははは! ヴェスト、おまえ男の癖に潮吹きかよ!」
 呆けたように口を開け、荒い呼吸を繰り返しながらぼろぼろと泣くヴェストに辛辣な言葉を投げかける。恥ずかしいやつだ。女みてえ。男のくせに、ンなもん漏らすのかよ、気持ちワリィな。
 わざと辛辣な言葉を叩きつけるように投げかけてやると、ヴェストは大きく開いた目からぼろぼろと大量に涙を流した。ごめんなさい、と小さく聞こえたような気もする。
 子供みたいにしゃくり上げて泣くのと同時に、茫然とした体がびくびくと痙攣を繰り返す。断続的に締め付ける刺激と、何よりも視覚的な刺激にひどく興奮し、俺はヴェストに腰を押しつけて、ヴェストの腹の中に精液を流し込んでいた。
「はぁ゛ッ、あ、あぁー……っ! ぃ、さ、にいさ、んっ…ッ、っ!」
 がくがく震えながら、それでもヴェストは口元を笑みにも見える形に歪めていたように見えたのは、俺の気のせいだろうか。

 重なり合った体をずらし、隣に並んでベッドに寝転がる。男二人で寝るには少々狭いが、そんなことを気にするのも面倒だった。
 ぐったりと大きな体から力が抜け、ヴェストはそれでも俺に手を伸ばしてくる。その手をとってやると、ヴェストはふにゃりと幼く笑い、その直後に目を閉じた。
 まだ乱れ気味の息を口から漏らし、しかし瞼を開ける力はないようで小さく、にいさん、と呼んでくる。そのまぶたにキスを落としながら、髪を撫でてやった。
 ほとんど気絶するようにして眠りに沈んでいったヴェストの汗ばんだ体に寄り添い、俺も瞼を閉じた。

 翌朝、色んな液体でべちゃべちゃのどろどろのぐちゃぐちゃに汚したまま寝てしまったことに対するヴェストの猛烈な抗議に晒されることとなった。
「空っぽのビール樽」
「う」
「日本から貰ったっていう酒なんて、俺知らねえぞ」
「……その」
「俺様秘蔵のワイン、高かったんだけどな」
 自分が酔っぱらって色々大騒ぎしたことへの負い目からか、ヴェストはばつの悪そうな顔で口を噤んでしまった。しばらく無言でじーっと見つめてやると、すまん、とヴェストの唇が動くのが見えた。可愛いやつ。
 じゃ、おあいこってことで。そう笑ってやると、ヴェストは困ったように眉を下げて、少しだけ笑った。










end.























































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 オチなんてね……あってないようなものなんですよ……。(満身創痍)
 始終エロばかりというストーリー性皆無な酔っ払いエロでこんにちは。酔っぱらってデレデレの淫乱ドMドイツさんが書きたかったんです。後悔は……していないさ……!

 今回の個人的萌え:「んなすぐにたたねえよ。俺の年考えろ」
 兄さんがおっさんくさいと萌える。







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