おにんぎょうあそび。
それはとても、とても精巧に作られた人形だった。
ドイツには、手先の器用な友人がいた。彼は漫画やアニメ、ゲームのキャラクターを立体にする技術を持っていたし、また、画面の中の人物をさも実在するかのように表現することが得意だった。
その彼に手渡された、ひとつの箱。ワインボトルが一本入りそうなくらいの大きさをした、淡い水色の包装紙に包まれたシンプルな箱だった。ドイツが首をひねって問うと、年下にしか見えない年上の友人は、悪戯を企むおとなの顔で、くすくすと笑った。それ、差し上げます。それだけ言うと、彼は己の家へと帰ってしまった。
友人の後姿を見送り、ドイツは箱を両手で抱えたまま部屋に戻る。手に持った箱の重さはほとんどなく、けれど空っぽというわけでもなさそうだった。彼に限ってドイツに危害を加えるようなものを渡すはずもないと信じ切っていたため、ドイツは友人の意図をいまひとつ掴みきれないまま包装紙をほどいていく。シンプルで美しい包装紙を脱がせると、つるりとした簡素な紙の箱が姿を現した。
箱のふたを開け、中から出てきたのは、……兄、だった。
「……は、?」
正確に言えば兄ではなく、ドイツの兄、プロイセンの姿を模した人形。紺の軍服をまとい、狡賢そうで意地の悪そうな笑みを口元に湛えて仁王立ちする、プロイセンのフィギュアだった。
「に、いさん……?」
呆けたように口を開け、ドイツはしばらくそれを注視していた。写真から飛び出したような。もしくは、兄がそのまま小さくなって固まったような。そんな印象を受けるほど精巧につくられた人形に、みとれていた。
ばくばくと心臓が跳ねる。指先が痺れてきた。じわり、目の奥すら熱くなってくる。ぼろり、と口から本心が零れ落ちた。
「か、っこいい……っ!」
顔を真っ赤に染めて、ドイツはプロイセンの形をした人形を抱きしめてその場に崩れ落ちた。
ワインボトルと同じくらいの身長の『兄』を抱え、ドイツはへたり込んだその場で目元を拭う。自分が涙ぐんでいたことに、ドイツ自身が一番驚いていた。ぐしぐしと視界を滲ませる原因を取り除き、改めて腕の中の人形を見つめた。
赤みの強いむらさき色のひとみ。少し色の薄いくちびる。胸元に光る鉄十字。奇跡のような光を持つ髪の色すら忠実に再現されていて、ドイツは自分の口から、ほう、と熱っぽい溜息が零れ落ちるのを感じた。
「……あ、凄いな、首の…ここの傷まで再現されている」
太い人差指では人形の細い首に触れるだけで精一杯だったが、ドイツの指の先にはプロイセンが遠い昔に負った傷すら描かれていた。首を触っていた指で、今度は顔のパーツに触れる。硬質なプラスチックの感触が指先を冷やし、けれど、かあっと燃えるような熱さも同時に指先を火照らせていた。
手のひらの上で人形を転がし、背中を向けさせてそこも指でなぞる。凹凸のないプラスチックの背中をなぞりおろし、撫で上げると、ドイツの喉がごくりと鳴った。背中から腰、尻、太ももとふくらはぎを通過して、足の裏へ。編上げのブーツの踵をつまんで、『兄』をさかさまにぶら下げる。ぞくり、と何かが背筋を走った。それが何なのか自分でもわからず、ドイツはただ手の中の人形を撫でたりつついたりして観察する。
そのうち、自分の手が勝手に人形を唇に近付けてきたことに気付く。しかしドイツはそれに逆らわず、ふるふると怯えるように震える自分の唇を、プラスチックの『兄』にそっとつけた。
どうしようもない、倒錯感。誰の目も無いとは言え、いくら精巧に作られているとはいえ、人形にくちづけるなど、どうかしている。ドイツの強固であるはずの理性は、そう叫んでいた。
しかし、だ。
「ぁ、にいさ……っ、にいさん、にいさん……!」
唇は貪るようにプロイセンの姿をした人形にべったりとくっつき、そのうち舌がおそるおそる伸ばされ始める。舌先を硬い表面につけてしまったら、もう躊躇いなど無いに等しかった。
ちゅぷ、ちゅう、れろ…ちゅっ、ちゅく……。片手で人形を持ち、唇に押し付けて無遠慮にプラスチックの表面を舌で撫でまわしたり、特に肩から背中にかけてにやわく歯を立てて齧ったりしながら、ドイツは空いた方の手でボトムのベルトに手をかける。バックルをがちゃがちゃと鳴らしながら乱暴にベルトをほどき、下着ごとふとももの辺りまで中途半端にずり下げて、既にゆるく反応しているそこを手のひらで押すように撫でた。
「っあ、ぁ……」
人形についた唾液を啜りあげながら、下からゆっくりと撫で上げるように手を動かす。ぞくぞくと痺れるような感覚。いつも自分の手で慰めているときとは違う快楽に、ドイツは少し混乱していた。どうして、今、こんなに気持ちいのかが分からなかった。
「ぁ、ん……んっ、ぁう、にいひゃ…ぁっ、きもち、い……ん、んぅ、んくっ…」
舌をいっぱいに伸ばし、人形の首筋から襟、鉄十字を舌先で撫でる。軍服の袷のへこんだ部分に唾液が溜まっており、そこに唇をべたりとつけて吸い上げると、空気に触れて冷えた唾液が口の中に逆流してきた。気持ち悪さより先に、ドイツの口からは満足げに震えた声が落ちる。
手の中の性器はもうがちがちにかたくなっており、手を上下に動かすとくちゅくちゅとねばついた音を立てた。
「っは、ぁ゛ーっ、あ、あぁ……! にいひゃ、ん……に、ぃさ…っ、ぁう、う゛ーっ、にいさん、にいさぁん……!」
びくん、びくん、と腰が前後する。膝を立てて背を丸めながら、ごしごしとペニスを擦ってひたすらにフィギュアを舐めまわす。酷く、滑稽な姿だと思った。
「にいさん、あぁ、……ぁ、ごめ、っなさ…ごめんなさい、にいさん、……っ、おれ、こんな…っ! に、人形に欲情して……っあ゛ァ、じぶんで、ペニス擦って、ぅ゛ぅ……っ! ぁふ、にいひゃ、…ぅあ゛っ、ん……ごめんなさ、ぁ……い、」
それは懺悔にしては上ずった、とろけるような声だった。
意地悪に釣り上がった眉や、不遜にも見える笑みを描いた口が、ドイツの唾液でてらてらと光る。舌をすべらせ、背中を何度も舌で往復する。れろぉ、と舌全体でつるりとした背中を撫で、ペニスをこすり上げる手の速度を速くする。先端を親指でぐりぐりと押しつぶすように刺激しながら、手の中の『兄』の肩を歯でかしかしと引っ掻いた。
「は、ぁぅ゛……ッ、あ、あん゛ぅ…っ! あぁ、っぐ…ら゛ぇ、もぉ……らめ、ぇ゛…ッ、いく、だめ、こ、こんな……ぁっ、にんぎょう、人形に…ッ、あ゛ぁ……!」
ぐっと背を更に丸めると、抱え込むように手のひらで唇に押し付けていた人形のつま先の部分が、こつんとペニスの先端に触れた。
「っは、あ゛ぁぁー…ッ! っや、なに、あぁ゛ぁ……っ、だめ、だめだ、…っこ、これ……これ、だめ…ぇっ!」
こどもが駄々をこねるときのように、首を左右に振ってドイツは必死に己を拒む。もう捨てるほど残っていない理性やプライドが邪魔をして、それができずにいた。
べろべろと手の中のフィギュアを舐めまわしたり齧ったりしながらペニスを擦り上げるが、先程踏みとどまった行為の誘惑に逆らえず、ドイツはくわえたフィギュアをおそるおそる上を向いた性器の先端に押し当てた。編上げのブーツの紐まで細かく描きこまれている靴底を、ぐっと亀頭に押し付ける。
「ッあ゛ァ、あ゛ーっ、あ、や゛ぁぁーっ、こ、これ、らめ……らめぇっ、いぐぅっ、いっちゃ、ぁ゛うぅ…ッ!」
プロイセンに、擦り切れたブーツの底で性器を踏み躙られたときのことを思い出す。同時に、甘くとろけるほどの優しさと愛情をたっぷりもらって撫でられたときのことも、いじわるな声で耳元で囁かれたときのことも思い出して、ドイツはぼろぼろと涙を落としながら髪を振り乱して声を上げた。
もうだめ、げんかい、でちゃう、きもちいい。そんなことを叫ぶように喘ぎながら、ドイツは人形の足を押し付けたそこからびゅるびゅると白い体液を吐き出した。
「っは、ァ゛…あ、あぁ……はぁっ、は、ぁーっ…」
べっとりと精液で汚してしまった人形を手に、ドイツは激しい後悔の念と、未だくすぶる熱を抱えて茫然としていた。荒くなった呼吸を繰り返し、ぼんやりと手元を見つめる。
ゆっくりと兄の形をした人形の足にかかった精液を指で掬い、つるつるの兄の足の表面にそれを塗りひろげた。ねばつく体液をまとったそれはぬるぬると滑り、ドイツはそれを見て薄く口元に笑みを浮かべた。
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二時間ジャスト!
本当はフィギュアをけつにぶちこむくらいしようかとおもったけど私の中の何かが踏みとどまれと言っていた。